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2020.03.10
東日本大震災から9年──日本、そして世界で親しまれる“福島の桃”の現在地
ITの積極活用や海外輸出などで「福島の飛躍」を体現する存在へ
全国生産の20%を占めるなど、もともと福島の名産品だった桃。東日本大震災に由来するさまざまな状況から大きな被害を受けたが、今では国内での販売再開や初上陸となるベトナムなど海外マーケットへの進出を目指すなど、福島県産の桃が再び脚光を浴びつつある。今回は、震災直後から福島県に入り、現在は福島大学農学群食農学類に在籍、桃など果物を中心に観察・研究を続けている高田(たかた)大輔准教授に“福島の桃”の実情を聞いた。
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データが示す、安心して食べられる福島の桃
県が独自に研究を重ね、全国的にも有名なブランド品種となった「あかつき」など、果物王国・福島を代表する桃。
東日本大震災の発生から9年が経過しようとしている今、高田准教授にこの間の経緯を説明してもらった。
「2011年から調べていますが、桃の果実中の放射性セシウム(Cs-137)の濃度変化は下記のグラフが示す曲線となっています。赤の曲線を見てもらえれば分かるように、1年後の2012年には半分程度に減り、翌2013年にはさらにその半分程度に減りました。そして2014年以降はほとんど横ばい。2012年時点で国の基準値である500ベクレルを下回り、2015年以降になると計測するのが難しいくらいの低数値になっています。それくらいに今は影響がありません」
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2011~15年の桃果実中の放射性セシウム濃度変化を示すグラフ。満開後15日の若い果実も収穫時の果実も年を追うごとにセシウム濃度が大きく減少している
とはいえ、この結果が分かったのは調査を進めてからのこと。
例えば、稲(米)のような一年生作物であれば土をごっそり入れ替えてしまえばマイナス要因の影響は抑えることができる。
一方で永年性作物である果物は、木を切って、土を入れ替えて、また新たに植えて収穫を待つとなると、数年単位という時間、エネルギー、コストがかかる。だから改植は進まず、セシウム濃度の減少には長い時間を要すると考えられていた。しかし現実を見れば、前述のグラフが示すように果物に対するマイナス面の影響はわずか1年で半減していた。
「理由は、果物の根の生え方とセシウムのたまり方にあります。果樹は根から養分、ミネラル、窒素などのエネルギーを吸収します。根の深さは地表からだいたい30cmくらい。一方、セシウムがたまるのは地表に近いところ。せいぜい3cmです。だから果物は吸うことが少なかったはず。さらに、もう1つ果物が吸わない理由があります」
それは果樹園の環境にあるという。
「果樹園は畑と違ってきれいに雑草を抜きません。つまり草地のようなところに果樹が立っているということ。だから地表に近い地面には雑草たちの根が集まっているのです。それが果樹の根が深くなった理由の一つで、雑草たちと争うことなく養分を摂取するために必要なことでした。そのことが結果的にセシウムを吸いづらい環境にしたと言えます」
そして高田准教授は「桃、柿、リンゴといった“福島県の主力果実は根が深いから土から吸いづらい”ということは論文にもまとめた」上で、多くの農家に説明してきたという。
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研究室にある畳敷きで話を聞かせてくれた高田准教授。在籍する福島大学農学群食農学類は2019年4月に開設したばかり。当然、1学年しかいないが「学生は県内外から集まっています」という
木の皮まで細分化して分析することで疑念を払拭
果樹が養分を取ろうとする地中の階層と、セシウムがたまる階層が違うことは分かった。
しかし、これはあくまで果樹にとっての話。その世話をする作業者を考えれば、表土を排除することは必要な作業であったと高田准教授は言う。
「作業者に近いところという意味では、2011年当時は樹皮についているセシウムを調べました。その結果、4~5層ある木の皮の一番外側にしか放射性セシウムがたまっていないことが分かりました」
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学生が農家の方と共に成熟した桃を収穫するようす
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桃の枝で検出された放射性セシウムを可視化したもの。最も外側の皮にしかたまっていないことが分かる
「作業者が最も近づくのも一番外側。ヒトへの影響を抑える意味でも、木の外側の皮を洗浄してもらうようにしました。高圧洗浄機でこそげ落とすだけでかなり違うのです」
2011年の冬、福島で果樹を育てる農家の人たちにそのようなアドバイスを送ったものの、「すぐに理解してもらうことは難しかった」と高田准教授は当時を振り返る。
「震災直後はこちらもデータを収集し、調べている状況でしたからね。農家の方々も“皮にいっぱいついているから落とせと言われたからやったけど、結局は地面から吸うんじゃないか”という疑心暗鬼の反応でした。前述した私たちの研究結果が出て、それを基にした説明を聞いていただくことで、ようやく皆さんも腑(ふ)に落ちたような状況でした」
このように高田准教授をはじめとする研究者らが客観的データをそろえて説明することで、2014年以降、福島の果物農家の中で過剰な懸念はなくなったそうだ。
「福島を取り巻く風評被害は収まったとは言えません。でも、私としては福島の果物は次のステップに移行する時期に入ったと思います。これからは“復興”ではなく、“福島の飛躍”を考えるべきなのです」
福島で見つけた“福島の農業”のためにできること
高田准教授は兵庫県出身。隣県の岡山大学で果樹栽培の研究で学位を取ると、東京大学の附属農場で助教となる。そこでさらに栽培についての研究を続けている最中に、東日本大震災が起きた。
「すぐに大学の中で震災復興に寄与できることはないか、という話が持ち上がりました。現場で起きていることを解析することで、学問を現場に還元しようという授業が始まったので、私にもできることがあるはずだと手を挙げたのです」
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発育中の桃のサイズを測定するようす。満開後15日から開始し、収穫まで果実の発育状況を確認。5~8月まで10日スパンで8回ほど実施している
そのころ高田准教授は、果物の中を養分がどのように巡っていくのか、動態解析を研究していた。養分をセシウムに置き換えれば、果樹にどのように影響するかが分かるのではないかと考えたという。
高田准教授は、2011年5月には福島県の果樹試験場と連携し調査を始める。
「毎週のように福島に通う生活を続ける中で、福島大学に農学系学部が立ち上がるという話が出てきました。いっそ誘ってくれないかなと思っていたら、本当に声を掛けていただけたんですよ」
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ドローンで果樹園を撮影。そのデータを基に作成したバーチャル農園を操作する高田准教授。専用のスコープを通して見ることで、まるで果樹園にいるような状況を再現する
そうして2016年に福島に拠点を移した高田准教授。果樹におけるセシウムの動態観察を行うと同時に、ドローンを使ったAI領域での農作物の解析や福島の果物を海外輸出するための仕組みづくりなど、研究領域を広げていった。
「ドローンを使って果樹園を上空から観察し、木の形を判定するのです。これくらいの木の形なら、どれくらいの果実をつけることができるのか。また、葉の色の濃さを見て肥料を与えるタイミングを測るとか。農業とITを結びつけることで作業者の負担を減らすなど、新しい世界が広がると思っています。とはいえ、まだその両者間には隔たりがあるのも現状です。私にも間に立つ通訳者として、できることがあると思っています」
福島の果実の価値をさらに高めていくために
農業へのIT活用と並び、高田准教授が力を入れているのが果物の海外輸出だ。その背景には高田准教授の福島県に対する熱い思いがある。
「福島はすでにタイなど東南アジアを中心に、果物や米などを大量に輸出しています。しかし、その単価を見ると結構な安価。輸出する労力を考えると、国内で売っているのとさほど変わらないのではないか、というくらいの金額なのです。それはもったいないですよね」
もったいないとはどういうことか?
高田准教授は「“海外で大量に売れてはいるものの値が安い”という情報を日本に持ち帰っても評価はされません。そこを変えて、福島の農産物の価値を上げていきたいですね」と言う。
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「福島の方々は人が良すぎます(笑)。もちろん、それはいいことではあるのですが、もう少し自分たちが生産しているものの価値を高めるように、価値観をシフトしてもいいのではないかと思っています」
「薄利多売ではなく、価値のあるものを正当な評価額で買ってもらうためにはどうすればよいか。価格設定を含めて、海外輸出をどうすればいいかということを検討しているところです」
そう語る高田准教授が現在目指しているマーケットはベトナム。まだ日本の桃が輸出されていないことがポイントだ。
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ベトナムで開催した、福島の桃の試食会。「好評を得たからこそ、現地でのニーズを詳しく調査し、それにフィットした桃を提供することで価値を高めていきたい」と高田准教授は言う
「ベトナムが日本の桃を解禁するのはまだ少し先のことです。だったら、それまでに好みを調査しようと。すでにアンケートや試食は行っていて、売れる手応えはつかんでいます。次に調べたいのは、どういう人が、どんな桃を望んでいるのかということ。例えば、富裕層が贈答用に使おうとするのか。それとも一般層が食卓に並べたいのか。そこに先ほどお話しした“売れているけど安いという評価”を変える可能性が見えてくるはずです」
海外に対するアピールを逆輸入する形で日本に持ち帰ることができれば、国内マーケットにおける福島の価値も高まっていくはずだ。
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たわわに実る福島の桃。山梨や岡山といった他の特産地に負けない味であると自負しているが故に、さらなる価値の向上にこれからも挑んでいくと言う
「正直に言えば、福島は宣伝が下手というか謙虚というか。そこが福島県の人たちの良さでもあるとは思います。でも、桃を一生懸命に作っている事実があるわけで、それに対してきちんとした評価や対価を得てほしいし、福島にはその資格があると思うのです」
元来備えていた魅力と徹底した安全性の追求を武器に、県産品の飛躍を象徴する存在へ。
生産者と“福島の桃”が歩むあくなき挑戦はまだまだ続く。
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