2020.04.17
トンネル工事で何するの? 鹿島建設×四足歩行ロボット「Spot」が建設現場にもたらす革新
点検や運搬など、危険度の高い建設現場の仕事を代替するロボットへの期待
全国各地で道路や関連施設の大幅修繕が進められる昨今。その建設を担う大手ゼネコン・鹿島建設が、四足歩行で自律行動するロボットの導入を発表した。それは、閉ざされた空間で爆発物を扱うなど、危険度の高い現場として懸念されてきた「トンネル工事」の在り方を変えるのではないかと期待されている。
- 第1回トンネル工事で何するの? 鹿島建設×四足歩行ロボット「Spot」が建設現場にもたらす革新
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自律歩行ロボットに工事現場が期待すること
道路の工事現場では、土を掘るショベルカーやブルドーザ、古い路面を排除するロードカッター、土砂を運搬するダンプトラックなど多くの重機が活躍している。地下で行われるトンネル工事ではシールドマシンが穴を掘り、高所の点検や測量ではドローンが空を飛ぶなど、今日に至るまでさまざまな技術によって作業の効率化が図られてきた。
傍目からは機械化ひいては自動化が進む産業に見えるものの、今なお作業員の経験やノウハウといった“人の力”に支えられるところも大きい。
※「シールドマシンの今」はこちら
※「ドローンの土木活用」はこちら
そんな中、日本の大手総合建設会社・鹿島建設が、世界的ロボットメーカー・ボストンダイナミクス社製のロボット「Spot」を導入した。実証試験を経て、まずはトンネル工事の現場に導入し、いずれはさまざまな土木現場での活用を目指していくという。
「Spot」は、マサチューセッツ工科大学(MIT)発で現在はソフトバンクグループ傘下となるボストンダイナミクス社が生み出した四足歩行タイプのロボット。まるで本物の人間、もしくは動物のように動き、ここ数年、世界中のメディアやSNSで幾度となく話題になってきた。インターネット上で関連動画を目にしたことがあるという人も少なくないだろう。
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日本国内ではソフトバンクロボティクス社が管理・運営を担っているSpot。写真は鹿島建設用にカスタマイズされたもの
画像提供:鹿島建設
話題のロボットを、日本の大手ゼネコンが世界に先駆けて活用していく時代――。
想像を膨らませると、ロボット好きでなくともワクワクする話題ではないだろうか。ただ、同時に疑問も浮かんでくる。それは「工事現場でどんな作業を担うのか?」、また「現場の何が変わるのか?」というものだ。
「現在、Spotは主にトンネル内で点検、巡回監視、撮影などの業務を担っています。当時、施工を進めていた『横浜環状南線 釜利谷ジャンクション C ランプトンネル工事』(発注者:東日本高速道路株式会社関東支社)において実証試験を行いました。自律型なので、動きは非常にスマート。自ら障害物を避けますし、指示も円滑に実行します。正直なところ、導入当初は『何だ、これは?』『役に立つのか?』などといぶかしげに見る現場の方もいらっしゃいましたが、その動きの精密さを理解していただくにつれ、期待も高まっています」
説明してくれたのは、Spotの導入を担当する鹿島建設・土木管理本部土木技術部の大浜大氏。現段階でのSpotの用途を簡潔にまとめるならば、自律移動とカメラを組み合わせた「人が行っていた視覚作業」の代替だが、「ゆくゆくは物資を運ぶなど軽作業にも用いていきたい」と大浜氏は語る。
「Spotの頭部にはガチョウの首のようなロボットアームの装着が可能ですし、15kgまで物資を積むこともできます。まずはトンネル工事の現場で、将来的には橋梁やダム、都市などさまざまな現場で具体的なユースケースを確立していく計画です」
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足場の悪い建設現場でSpotが物資を運べるようになれば、人身事故やけがの防止にも役立つだろうと期待されている。アームを装着したSpotは、0:49ごろから登場
出典)YouTube Boston Dynamics公式チャンネルより
ロボットが工事現場のクオリティを維持する
そもそも鹿島建設がSpotを導入した理由は何か。
「弊社にない斬新なアイデアや最先端技術を保有する業界内外・国内外の提携先と手を組み、革新的生産技術を創出していく、いわゆる“オープンイノベーション活動“の一環です。その中で今回は、世界最先端の技術を持つボストンダイナミクス社のSpotに着目することになりました」
現在、建設業界では熟練作業員、いわゆる“職人”の減少が深刻な課題として浮上しているという。今後10年で、現在働いている熟練作業員の3分の1がリタイアするとの試算もあると大浜氏は言う。
熟練作業員の減少は、単なる働き手の減少とイコールではない。培われた豊かな経験、知識、ノウハウが産業全体から消失してしまうという重大な危機を意味する。道路など生活を支える重要なインフラの新設・補修需要が消えることはないが、供給が産業レベルで減退してしまう危機的状況が目の前に迫っているのだ。
そこで鹿島建設では、土木工事の在り方を根本的に見直すことを決めた。これまで人の力に依存していた業界内の慣習をあらためて、熟練作業員の能力をITおよびロボットなど自動化技術に置き換え、ブラッシュアップする。最適かつサステイナブルな建設現場の在り方を模索していく方向にかじを切ったのだ。
Spot導入はその象徴的な動きだが、他にも2015年には、重機の自動化技術&次世代建設生産システムとして「クワッドアクセル®」 (A4CSEL)を発表している。
これは、ダンプトラックやブルドーザなどの重機を人間が遠隔操作するのではなく、あらかじめ指示を与えて自律的に作業を全うさせようというシステムだ。1人で複数の機械を管理・動かすことができるため、生産性の飛躍的な向上が期待できるという。
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クワッドアクセルのダム堤体での施工イメージ
画像提供:鹿島建設
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自律して動く自動ブルドーザ(右手前)と自動振動ローラ(右奥)、そして自動ダンプトラック(左)。 これらは、連動して作業を行う
画像提供:鹿島建設
クワッドアクセルは、熟練の技術を集積し、最適解を実装している。例えば、熟練作業員が土の山をブルドーザで押すとする。作業員によっては14回かける場合もあるし、12回の場合もある。鹿島建設ではそれら熟練作業員の経験をベースに、さらに最適な方法はないかを重機を使ってシミュレーションし、システム化した。
こういったロボット導入の目的は、工事の効率化以外にもあると大浜氏は言う。現場で働く作業員の安全を守る、すなわち「安全性向上」だ。
「土木分野では、橋、ダム、空港、都市などさまざまなインフラを造っています。中でも、まずはトンネル工事においてSpotの実用化を進めようと考えています。トンネルは他のインフラに比べて作業場所が狭く、かつ重機の行き来も多い。また岩盤を発破(ダイナマイトによる掘削)しながら工事を進めるなど、安全への配慮とともに経験と勘が重要になるのがその理由です」
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鹿島建設が建設するトンネルの作業現場を進むSpot
画像提供:鹿島建設
それに、危険を伴う現場作業をロボットが代替できると、事故を防げるだけでなく、貴重な人間の能力を別のシチュエーションで生かすことも可能になる。また、これらロボットによる工事現場の進化は、現場から知見を得ることでロボットそのものの進化にもつながっている。
鹿島建設がSpot の実証試験を開始したのは2018年11月、およそ1年半前のことだ。それから、同社とボストンダイナミクス社は、土木工事というフィールドにおけるSpotの最適化を目指し、改良を続けてきたという。
「土木の現場は段差があったり、ドロドロと足元がぬかるんでいたりします。トンネルの実証試験で課題が明らかになり、ボストンダイナミクス社とカスタイマイズを行った結果、今では雨の日やぬかるんだ条件でも移動ができるようになりました。2019年12月には、そのカスタマイズしたSpot を1台導入し、実際に使い始めています」
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このカスタマイズによって、当初は進むことができなかったぬかるんだ場所や段差のある場所も移動が可能となった
出典)YouTube Boston Dynamics公式チャンネルより
Spotは人間もしくは動物のように精密に動くことから話題になったと前述した。しかし、これまではどちらかというと“物珍しさ”からくるもので、いわばエンターテインメント的、もしくは見せ物小屋的に消費されてきたと言っても過言ではない。
しかし、鹿島建設のドメイン(企業の活動範囲や領域)に関する知見が融合することで、「生活を支えるロボット」として実際に社会に組み込まれ始めようとしている。それは数年前まで想像できなかった、「人間とロボットの共生」を告げる象徴的なエピソードでもある。
若手作業員の希望になるイノベーション
トンネルを含めた道路の新設工事には今後も一定のマーケットがあり、老朽化を補修する工事の需要も尽きない。問題は、社会基盤を支えるインフラだけに、働き手とノウハウが失われていくのにもかかわらず、“工事の質”は今と変わらない状態を維持し続けなければならないこと。同時に、時間短縮など、さらなる効率性が求められていることだ。
これらの課題解決を目指す中で、鹿島建設ではSpotの改良・実用化以外にも、道路工事の自動化ソリューションの開発・導入を進めている。代表的なのは「スマート床版更新システム」(以下、SDRシステム)だ。橋梁タイプの高速道路などには、舗装の下に床版(コンクリート製の板)が敷かれており、SDRシステムは、この床版を自動で取り換えられるシステムだという。
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SDRシステムの概要図。鹿島建設は現在、本施工システムについて特許出願中だ
画像提供:鹿島建設
大浜氏は、ロボット導入や自動化のメリットとして、産業全体のイメージを変化させ、活性化する側面もあると話す。工事現場は肉体的にも負担が多く、泥臭いイメージが浸透している。さらにバブル時代以降、熟練の経験を持つ作業員でさえも待遇は少しずつ悪化しているという。
しかし、技術が進歩して社会が変化する中、工事現場も変化している。これまでにない技術を導入することで従来の働き方を根本から変え、そういったイメージを一新していければ、新たな業界従事者の呼び水になるのではないか。Spotの導入にはそんな希望の一端も込められている。
「現場で働いている若手、そして中堅の方々に“新しいワクワク”を感じてもらうことは非常に重要だと考えています。ロボットの導入を名実ともに生かすことで、業界活性化につなげていきたい。また、何より働き手が不足する今、ロボットの実用化を進めて、作業員の方々の安全を守り、その能力を存分に生かしてもらいたいというのがわれわれの想いです」
道路やトンネルの建設現場の未来を語る上で、ほどなくロボットの存在は夢やSFではなくなる。暮らしを支えるリアルテクノロジーとして、私たちの日常に浸透していくはずだ。
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