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2020.12.22
温泉発電の“湯の花”問題解消へ! 画期的な熱交換器が地熱エネルギーの利用を加速させる
東北発の技術×九州の温泉地で実証した熱交換技術
源泉の数約2万7000本、湧出量は毎分約260万リットルにも上る温泉大国・日本では、この豊富な温泉水を熱源として発電に利活用する取り組みが長らく行われてきた。ところが、温泉水に含まれる不純物が熱交換器にトラブルを引き起こすことがあるため、現在に至るまで広く普及しているとは言い難い。そうした中、ある研究チームが革新的な熱交換器の実証試験に成功したと発表。これにより、温泉水を用いた再生可能エネルギー利用促進への期待がかつてないほどに高まっている。特集ラストは、研究チームを主導する東北大学多元物質科学研究所・丸岡伸洋助教、株式会社 馬渕工業所・小野寿光代表取締役、一般社団法人 小浜(おばま)温泉エネルギー・佐々木裕事務局長の3名に詳細を伺った。
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温泉水による熱交換における課題
温泉水は主にバイナリー方式のように、その熱源を利用してタービンを回転、発電を行うことができる。
この過程で温泉水を通過させて熱源を得る装置が熱交換器である。
地熱発電に用いる温泉水にはカルシウムや硫黄などの溶解成分が含まれており、温度変化や空気との接触などによって、温泉スケールいわゆる“湯の花”と呼ばれる固形物が析出(せきしゅつ)する。この温泉スケールが熱交換器の伝熱面上に生成すると、熱交換器の性能を著しく低下させる要因になる。そのため、2週間~3カ月に1度の頻度で装置を清掃する必要があり、メンテナンスコストの負担が増大していた。
地熱発電を普及させるためには、この課題解消はマストといえる。そうした中で、国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)、東北大学、株式会社 馬渕工業所、一般社団法人 小浜温泉エネルギーによる研究チームが発表した新たな熱交換器に注目が集まっている。
研究チームの東北大学・丸岡伸洋氏は、「以前より蓄熱・熱交換器を専門分野の一つとして研究・開発を行っていましたが、温泉・地熱分野への展開はまだ検討段階で、接点もありませんでした」と振り返る。
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潜熱蓄熱(本文参照)や工業排水などからの廃熱回収を、高効率かつ高耐久で行う熱交換器の研究・開発から、再生可能エネルギーの効果的な活用に寄与していた丸岡氏
「多元物質科学研究所(以下、多元研)では、物質が固体から液体へ変わる際に熱エネルギーを貯蓄して、保冷や保温に活用する“潜熱蓄熱”の伝熱速度を高速化する“回転円筒式高速熱交換器”を開発していました。
潜熱蓄熱は高密度に蓄熱できるので、蓄熱槽を小型化できるなどのメリットがありますが、貯蔵した熱を放出する際は、蓄熱材が液体から固体へ変わり、伝熱面に付着し、放熱効率が下がってしまう問題を抱えていました。
そこで円筒状の伝熱管を高速回転させ、隣接する羽根で伝熱面をなでることにより固体を除去する仕組みを備えた熱交換器で、放熱速度を100倍以上に向上させました」(丸岡氏)
2018年に丸岡氏がこの研究を多元研主催の「イノベーション・エクスチェンジ」で発表すると、宮城県の産学コーディネーターが目に留めて地元企業へ橋渡しをしたという。
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開発した熱交換器の概略(左図)と、固形物除去の仕組み(右図)。回転する伝熱管に羽根を接触させて伝熱面に付着するスケールを剥ぎ取る
そして、丸岡氏は宮城県環境生活部環境政策課を介して地熱エネルギー研究開発を行っていた小野氏と出会う。
その後、共同でNEDOに「環境新技術先導研究」として申請した。
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宮城県と福島県を中心に再エネ活用に取り組む小野氏。宮城県から丸岡氏の熱交換器研究を紹介され、地熱発電分野の経験からサポートする
「申請内容はNEDOから高い評価を受けて研究がスタート。そしてスケールを剥ぎ取るための羽根を装着し、温泉水対応の回転円筒式高速熱交換器を2019年に開発しました」(小野氏)
日本屈指の過酷な環境で行われた温泉水を用いた実証実験
無事に回転円筒式高速熱交換器が完成すると、舞台は実際の温泉水での実証実験へと移る。実験地に選ばれたのは長崎県雲仙市の名湯・小浜温泉。同地の温泉は独特の成分を有しており、研究者の間では硬い温泉スケールが短期間に大量生成することで知られていた。
「付着した温泉スケールを放っておくと岩のように硬くなりますが、その硬さと量は小浜が日本屈指。つまり小浜温泉で実証できれば、開発した回転円筒式高速熱交換器が全国的に稼働できる期待が高まります」(丸岡氏)
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硬いスケールを取り除く小浜温泉の鉄工業者(上)。温泉に浸った伝熱面や配管内は3カ月ほどで強固なスケールに覆われてしまう(下)
画像提供:小浜温泉エネルギー
小浜温泉は、湧出量×湯温で求められる放熱量が日本一という豊富な資源を有しながら、その大半を持て余して海へ放流している。
この状況にはさすがに地元もジレンマを抱えていたという。
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小浜温泉エネルギーで、温泉水を活用した地熱発電事業を推進する佐々木裕氏。今回の取材はリモートにて、丸岡氏と小野氏のいる仙台と小浜温泉を結んで実施された
「多くの温泉地と同じように、小浜も温泉水を利用したエネルギー活用への意識は相当高いと思っています。現在も多くの温泉宿では、電気やガスを消費するボイラーを使わず、温泉水による熱交換で施設内の給湯を賄っています。しかし、温泉スケールが付着することでメンテナンス費がかさみます。豊富な資源を無駄なく、それも苦労なく活用できたらと悩んでいたところに、これまで考えつかなかった仕組みによる装置の実験提案をいただき、一気に期待が高まりました」(佐々木氏)
しかし、佐々木氏の期待とは裏腹に、丸岡氏は小浜温泉の手強さに直面する。
「温泉スケールを初めて目の当たりにしたときは、正直これは手に負えないのではないかと思いました。それぐらい、析出された温泉スケールが硬かったのです」(丸岡氏)
2019年、実証実験は100℃を超える温泉水が1日に1万5000トンも湧出する小浜温泉で、大勢の観光客が訪れる足湯施設「ほっとふっと105」の隣に熱交換器を設置して始まった。
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設置された2基の熱交換器。左が無回転の熱交換器、右が開発した回転円筒式高速熱交換器。実証実験では熱交換器自体のメンテナンスを1カ月間行わず、伝熱性能の数値を計測した
「回転円筒式高速熱交換器は温泉スケールが付着して固まる前に削ぎ落とすよう伝熱管の回転数を毎分100回転に設定。比較用に無回転の熱交換器を並べて1カ月間稼働させました」(丸岡氏)
1カ月後、実証試験は見事な成果を達成した。
「回転円筒式高速熱交換器は従来の熱交換器よりも倍近く伝熱性能が高く、円筒の回転数を上げることで、さらに性能を向上させられる見込みも立ちました」(丸岡氏)
「回転式熱交換器は出口濃度の数値がほぼ下がらず、途中からこれはどんな成果が出るのだろうと毎日観察に通うのが楽しみでした。実験中は源泉を貯湯槽へ送る管のメンテナンス作業を行っていましたが、むしろそちらの方が大変でしたね。伝熱管を回転させて温泉スケールを削ぎ取る装置のシンプルさが理解しやすく、地元の関係者も実験の過程を興味深く見守ってくれました」(佐々木氏)
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実証試験結果。従来の熱交換器は伝熱性能が下降、伝熱管の表面には黒い温泉スケールが幾層にもこびりついているのに対して、回転円筒式高速熱交換器は温泉スケールが剥離されており、高い伝熱性能を維持できた
今回の実証実験成功により温泉水の活用促進はもちろん、応用を加えることで汚泥を含む工場温排水、藻類や貝類を含む海水や河川水との熱交換(冷熱利用)など多岐にわたる分野への転用が見込まれている。
実現すれば、未利用熱や再エネの利活用が多角的に広がるかもしれない。
エネルギー活用の夢を広げる“地熱のポテンシャル”
2021年はさらにスケールアップした熱交換器を用いて、小浜温泉での3カ月間の長期実証実験が行われる予定だ。
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小浜温泉の源泉温度105℃にちなんで造られた日本一長い足湯施設「ほっとふっと105」。小浜温泉観光の目玉施設のすぐ横で試験は敢行された
画像提供:小浜温泉エネルギー
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2020年1月、現地で行われた推進委員会にて、実証試験施設を見学するプロジェクトのメンバー。効果が目に見えて鮮明な熱交換器の様子に、本格実用への期待が寄せられた
画像提供:持続可能で安心安全な社会をめざす新エネルギー活用推進協議会(JASFA)
「現在、1年目の実証試験を経て回転機構、モーターや羽根の素材を再検討した新しい熱交換器を丸岡先生と共同で設計し、熱交換器の耐久実験を仙台で行っています。一定の成果が得られたら、2021年3月を目途に小浜温泉で長期実証試験をスタートさせる計画です。さらなる耐久性のアップや熱交換器の性能向上を図れればと考えています」(小野氏)
最後に、温泉水を用いた発電の可能性を聞いた。
「今回の技術をダスト混じりの工業排水などの熱利用にも応用展開できれば、さらなるエネルギー活用につなげられる可能性があります。また、例えば私たちは本来1000~2000℃と非常に高温の熱を生み出せる化石燃料で40℃のお湯を沸かして利用したりします。そういった使い方はもったいない。化石燃料は鉄鋼業などの高温産業での利用に特化させ、その排熱を段階的に利用するなどすみ分けることで、限りあるエネルギー資源の上手な使い方が加速させられるかもしれません」(丸岡氏)
「日本では『地熱発電に関して、2030年度までに設備容量を現状の約3倍(約150万kW)まで増加させる』という目標が経済産業省により掲げられています。その実現には法規制の緩和や各地域の協力体制が必要です。地熱は太陽光や風力と違って、足元から湧いてくるものですからね。そういう意味でも今回の実証実験は、未来のエネルギー資源供給を具現化させるポテンシャルを秘めていると思っています」(佐々木氏)
「小浜温泉は現在も1日1万トン近い温泉水が活用できずにいる状態です。それを安定的に熱交換し、温熱としての利用はもちろん、電気や冷熱に変換して活用できれば、例えば日本屈指の温泉地で巨大な冷蔵倉庫を稼働させ、食材や化学薬品の物流拠点を生み出せる可能性もあり得ます。地熱はそういった地域共生の夢を描けるくらい可能性を秘めたエネルギーだと思います」(小野氏)
まだまだ小規模な装置である回転円筒式高速熱交換器──。
だが、これまで無駄にせざるを得なかったエネルギー資源を生かす上で、大きな一歩となるに違いない。
壮大な夢の実現に向かって高い熱量で突き進む3者によるさらなる吉報を心待ちにしたい。
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