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測られている感ゼロ! 生活中に自然と生体データを計測できる「大きなセンサー」の秘密

体に装着することなく、日々の暮らしの中で心拍や脈拍を自然に計測するシートセンサー

ウエアラブルデバイスの登場で、より小さく、より薄く、そして軽くという方向に進化しているように見えるセンサー。しかし、それだけが進化の方向ではない。センサーを「身に着ける」のではなく、生活の中で自然と触れるようにできる大型センサーを開発した山形大学有機エレクトロニクス研究センターの研究にフォーカスした。

計測されていることを意識させない新しい形のセンサー

小さく薄く、軽い高性能なセンサーが、これからもウエアラブルデバイスに求められるのは間違いない。しかし、センサーの進化はその方向以外にもある 。

山形大学 有機エレクトロニクス研究センターでは、小型軽量化とは真逆となる大きなセンサーのメリットを追求している。

この大きなセンサーは、シンプルに計測できる面が広い。一見大きな紙やフィルムのようで、センサーとは思えないほどのサイズだ。

大きなセンサーはフレキシブルで、手で持って曲げたりねじったりしても壊れず機能する

センサーは通常、小型であればあるほど目立ちにくくなり、いろいろなデバイスに組み込みやすくなるメリットがある。その一方で、小さくなればセンサーの読み取り部分も同様に小さくなる。例えば、指紋を読み取ろうとするなら、指先をきちんとセンサーに当てないといけなくなるなど、使い勝手の悪さにもつながる。

これが大きなセンサーだと、どうなるか。体のどこかがセンサーに近づけば計測できるため、指紋なら指先をセンサーに直接当てるといった行動を不要とする仕組みも考えられるようになる。人の生体データを自然と読み取ってくれるので、小型軽量化されたセンサーとは異なるメリットが生まれてくる。

この大きなセンサーの研究を進める山形大学 有機エレクトロニクス研究センター長の時任静士・卓越研究教授(以下、時任教授)は、次のように語る。

「ベッドや椅子にこのセンサーを組み込むことで、身に着けているという意識なしに、呼吸や心拍といった生体データを計測することが可能になります。『非拘束型』と呼ばれるこうした特徴は、ウエアラブルデバイスにはない利点です。私たちはこのようなセンサーを総じて『シートセンサ―』と呼んでいます」

シートセンサ―を研究する時任教授。印刷型デバイス技術の研究などを専門としている

医療施設や介護施設では、センサーが組み込まれた腕時計タイプの計測器だと、高齢者は嫌がって外してしまうこともしばしば起きるそう。このシートセンサ―であれば、高齢者に着けているという意識を持たせることなく体温や脈拍などを計測することができる。

同センターでは、その発想から研究に着手し、既に介護現場で使える製品を実現している。

介護施設の人手不足問題を解消できる製品

時任教授らは山形大学発のベンチャー企業としてフューチャーインク株式会社を2016年に起業し、シートセンサーを「Vital Beats(バイタルビーツ)」と名付けて商品化した。2020年春からは地元の介護施設向けのソフトウェアを扱う企業とタッグを組んだ拡大販売にも取り組んでおり、全国の介護施設で導入が進んでいる。

介護施設向けに市販されているシートセンサ―「Vital Beats」。商品名が印刷された面を上にしてマットレスなどの下に設置する

Vital Beatsのサイズは約60cm×約10cmで、厚さは0.5mm程度。ベッドマットレスなどの下に敷いて使用する。

このセンサーが取得できるデータは、寝ているときの心拍数や呼吸、心音、体の動きといった生体データだ。シート全体で心臓の鼓動による振動を読み取り、それを解析して心拍数など各データを書き出す仕組みになっている。また、ベッドの上の圧力変化をセンサーで感知し、体の動きもデータ化する。いずれもマットレス越しで測定できるほど高い精度があるという。

これまで高齢者がベッドから降りると、足下のマットに設置したセンサーが降りたことを感知してアラートを出すようなシステムはあったが、Vital Beatsを使うと、それ以上のことが可能になる。

Vital Beatsの開発を主導した、共同研究者の熊木大介准教授は次のように説明する。

「センサーをマットレスの下に敷いているので、眠りの妨げになったり、途中で邪魔になって外されたりすることが起きません。つまり、睡眠中のデータを絶えず取得することができるのです」

時任教授と共同してシートセンサ―の研究を続けてきた熊木准教授。Vital Beatsの商品企画は、熊木准教授を中心に進められた

さらに、このVital Beatsを使用すると、眠りの深さも判別できるようになるという。オムツ交換などは眠りが浅いときに行うとやりやすくなるため、そのタイミングが見つかれば介護士の負担も減り、介護される側も無理に起こされて睡眠不足に陥ることは減るだろう。

ベッド中央にあるのがVital Beats。マットレスの下に敷いて使用する

「少子高齢化が進み、介護施設の人手不足が深刻な社会問題になっています。それを解決したいという気持ちが、まずありました。シートセンサーを使うことができれば、介護士の巡回などの負担を軽減できたり、あるいは介護士の人数が少なくても施設内の介護対象者全体を見やすくなるのではないかと考えたのです」(熊木准教授)

シートセンサーが設置されたベッドの上に寝ているだけで、呼吸や心拍、体動が計測できる

商品化されたVital Beatsは約60cm×約10cmというサイズだが、それはシングルベッド用として設計されたからだ。必要に応じて、もっと大きくすることもできるし、逆にもう少し小さくして、椅子の下に設置するという使い方もできる。

オフィスチェア用のシートセンサ―は、座面の下に差し込んで設置する

オフィスチェアに設置していれば、使用する従業員たちの心拍や呼吸を測定し、ストレスの状態を分析することができる。労務管理に役立つため、こちらも既に採用している企業があるという。

このシートセンサ―の研究開発は、国立研究開発法人 科学技術振興機構(JST)のセンター・オブ・イノベーション(COI)プログラムおよび文部科学省の地域イノベーション・エコシステム形成プログラムの支援を受けて進められている。

シートセンサ―が実現可能にするヘルスケア

汎用性が高く思えるシートセンサ―だが、時任教授や熊木准教授らが商品化できたのは、センサー自体の研究と同時に、センサーや電子回路を“印刷して作る技術”も研究していることが大きい。

「薄いラップのようなフレキシブルなフィルムに、金属粒子が入ったインクなどを用いてセンサーや電子回路をプリントする技術です。センサーと印刷技術は一般的にはあまり結びつかないかもしれませんが、これができると、センサーを安く量産できるようになるのです」(時任教授)

時任教授や熊木准教授は、薄いフィルムの上に電子回路やセンサーを印刷する技術も研究している

Vital Beatsは、ほぼシート全体がセンサーという構造だ。一般的に、商品化の壁の一つとして“量産化”があるが、これだけ大きなサイズのセンサーを安定して作ることができるのは、この印刷技術があるからだという。

「薄型のセンサーや電子回路が量産できるようになれば、従来組み込めなかったものにもセンサーや回路が組み込めるようになります。例えば、長距離トラックのドライバーのシートに組み込めば、眠気を事前に検知して警告することで、より安全な運転につなげることができますし、病院内のリハビリ施設の歩行マットに設置すれば、歩行速度や荷重バランスを測定して数値でリハビリ効果を表すことができます」(熊木准教授)

家庭の玄関周りなどに設置すれば、歩行の癖を検知して不審者の侵入を知らせるセキュリティシステムも構築できるかもしれない。

「このセンサーが社会に浸透していけば、無理に何かを身に着けなくても生活の中でデータを取得し、集約したビッグデータを健康管理や安全に役立てることができるでしょう。まさに、『Society 5.0』を実現するきっかけの一つになるのでは、と考えています」(時任教授)

シートセンサ―が生活の中に浸透することで実現する未来予想図。これまで紹介した用途以外にも、ベビーベッドに組み込んで心拍を計測し、乳幼児の突然死を未然に防ぐという使い方もできる

資料協力:熊木大介准教授

政府が提唱する「Society 5.0」は、IoT(モノのインターネット)やAI(人工知能)など最新テクノロジーを活用し、少子高齢化、地方の過疎化、貧富の格差などの課題を克服して一人一人が快適に過ごせる社会を実現する、というもの。

そのために必要だといわれるのが、さまざまなビッグデータの取得とその解析。このシートセンサーはまさにビッグデータの取得にうってつけといえる。

人にとってより良いセンサーは、取られているという意識をさせることなく、自然とデータを計測・集約してくれるものだろう。そのためには、小型化のみならず大型化が求められるのも、センサーの面白い進化の過程なのかもしれない。

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