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カギは研究ジャンルの融合? 社会を変えるセンサー進化論

センサーから生まれるビッグデータのヘルスケア活用は世界規模で求められている

小型軽量化の方向にも、大型化の方向にも進化し続けているセンサー。いずれも社会のニーズに合わせた進化ではあるのだが、これからセンサーはどのような発展を遂げていくのだろうか? 自身も極薄のシート型イメージセンサーを開発し、米企業での研究経験もある東京大学 大学院 工学系研究科 電気系工学専攻の横田知之准教授に、世界のセンサー研究のトレンドと、今後の進化の方向性について聞いた。

日本と世界でセンサーの進化は異なるのか

ウエアラブルデバイスの普及により小さな機器にも組み込めるよう、より小さく、薄く、そして軽くという方向に進化していると捉えられがちなセンサー。

しかし、逆に大きくして身近なインテリアに組み込み、生活の中でセンサーを認識させることなくデータを自然に読み取ることも可能になっていることを本特集の前回では紹介した。

このように、センサーの研究開発の方向性は一つではない。これは、日本だけでなく世界でも同様なのだろうか。

極薄のシート型イメージセンサーを研究する、東京大学 大学院 工学系研究科 電気系工学専攻の横田知之准教授は、次のように語る。

「何を測定したいかによってセンサーの特徴は変わるので、方向性は世界的に見ても一つではありません。ただ、これまで測れなかったものを測定できる、これまで組み込めなかったものに組み込めるという意味では、フレキシブルで薄いセンサーの開発は、今世界でも主流になっています」

以前紹介した指紋、静脈、脈波を同時計測できる横田准教授が開発したイメージセンサーは、その主流である。

※横田准教授の研究はこちら「【生体認証の未来】ウィズコロナ時代のウエアラブルデバイスを変える『極薄イメージセンサー』

「米国企業に入って最も驚いたのは、その合理的なやり方。日本も見習わなければならないと感じました」と横田准教授

横田准教授は、2019年7月から12月までの約半年間、サバティカルという研究休暇制度を利用して米国・X社(旧Google X)で研究を行った経験がある。X社とは、米・Google社傘下の先端テクノロジー研究施設が母体となった研究開発機関だ。

「GAFA(Google、Amazon、Facebook、Appleの4社の総称)と呼ばれる企業を筆頭に、海外企業は情報とセンサーの2軸で製品開発を考えています」

PCにスマートフォン、あるいはウエアラブルデバイスなどさまざまなデジタルデバイスが世の中にあふれているが、速度や精度など情報処理技術だけを追求して製品開発を進めていくと、どの企業も似たような製品に行き着く結果になるという。製品のスペックだけを伸ばしても、大きな差は生まれないということだ。

「そこで差を生むのが、センサーの技術になります。何をどうやってセンシングし、ビッグデータを取得して活用するのか。このことを海外の企業は真剣に考えています」

横田准教授が研究を行ったX社も例外ではなかった。

「どこで誰がどのようなセンサーを研究しているのかがデータベース化されていて、連絡先もすぐに分かるようになっていました。今ある技術の中から優れたものを選別し、それを用いてどのような製品を作り上げるか、という作業がすごくやりやすい環境でした」

さらに、過去のプロジェクトについては、どのような理由で中止になったかもデータベース化されていたという。中止の理由が分かるため、後任者たちはそれを見て学ぶこともできる上、過去に中止になったプロジェクトでも技術の進化があれば再開できる可能性もある。

「ビッグデータを取得、活用していくために、開発環境がものすごく合理的に整備されており、こうした点は日本よりも海外企業が一歩も二歩も先に進んでいると感じました」

ビッグデータをヘルスケアに用いるのは世界のトレンド

こうしたメジャーの動きを筆頭に、日本を含めた世界の企業は、ビッグデータを取得して何に活用しようとしているのだろうか。

「目的は日本も海外も同じです。フレキシブルなセンサーは、最初はタッチパネルといったディスプレイ用として、その次はロボットへ活用するために研究が進められてきました。そして今の主な用途は、医療分野やヘルスケアになっています」

横田准教授は、人の肌に張り付けられるほど薄いタイプなど、これまで数多くのセンサーを開発してきた

それを物語るエピソードがある。

「新しいセンサーを開発して論文などを発表すると、まずコンタクトがあるのは海外の開業医からなんです。『詳しく教えてほしい』と、大体発表から1週間以内に連絡があります」

日本では新しいセンサーが完成しても、医療に用いるためには医療機器としての認定が必要なため、時間がかかりハードルも高い。一方、海外はそのあたりのスピード感が早く、現地の医療関係者がいかに新しいセンサーを欲しているか、またいかにアンテナを広く張っているかが分かる。

世界では、解決困難な社会課題などに対する研究開発投資が急速に拡大している。日本も実現すれば大きなインパクトが期待される「ムーンショット型研究開発制度」という新たな制度を開始。2020年に入りいくつかの目標が定められた。

同制度は、超高齢化や温暖化問題といった重要な社会課題を解決できるイノベーションを創出するため、より大胆な発想に基づく挑戦的な研究開発(=ムーンショット)を推進する内閣府発の新制度だ。

2020年1月に定められた「ムーンショット型研究開発制度」の目標。「2040年までに、主要な疾患を予防・克服し100歳まで健康不安なく人生を楽しむためのサステイナブルな医療・介護システムを実現」は目標7として、7月に追加された

出典:内閣府 総合科学技術・イノベーション「ムーンショット型研究開発制度の概要及び目標について」より

その中に、目標2として「2050年までに、超早期に疾患の予測・予防をすることができる社会を実現」が、目標7として「2040年までに、主要な疾患を予防・克服し100歳まで健康不安なく人生を楽しむためのサステイナブルな医療・介護システムを実現」が設定されている。

病気の早期発見や予防に関しては、センサーが読み取る生体データ、それらを集約したビッグデータが有効となることは、本特集第1回、第2回でも紹介してきたとおりだ。そして、これらの目標の実現には、センサーのさらなる進化も求められる。

こうした経緯を見て横田准教授は、「国もビッグデータを活用した医療に注目し始めていると感じますが、現時点ではまだ日本は海外に追いつけていないでしょう」と話す。

「物理」と「化学」2つのセンサーが生む未来

それではセンサー研究の分野において、日本が世界に追いつくためには、どのような進化を目指すべきなのか。

「日本の研究者の特性として、一つのことに没頭して研究を積み上げていけるところがあると思います。これは世界的に見ても優れている。一方で、自分の専門分野以外にはなかなか目を向けない一面もあります。これからの研究者は、強みを生かしながら、他分野とのコラボレーションを積極的に行うべきではないでしょうか。それによって初めて実現できることもあると考えます」

横田准教授が所属する東京大学でも、工学系の研究者と医学系の研究者がコラボして一つの研究に取り組む「医工連系」が、2020年からスタートしている。東京大学医学部附属病院にも医工連携部が設置され、医学と工学・薬学を横断的に融合した新しい研究が進められているという。

「実は、少し前までなら考えられないようなことなんです。私も医学系の研究者と話す機会を持つようになり、医学的見地からの意見をセンサー開発に取り入れることができるようになりました」

そうした活用方法を考えていく上で、注目したいのがセンサーの種類だ。

実はセンサーには、温度や圧力など物理的な動きをセンシングする「物理センサー」とは別に、体液など人体の分泌物などの成分を計測できる「化学センサー」という種類が存在する。物理センサーと化学センサーは何かを検知するという機能は同じだが、検知するものが全く異なる。

「センサーや取得したビッグデータを医療、ヘルスケアに活用していくことは、今回のコロナ禍により在宅医療の必要性が大きくなったことで、さらに注目されています」

「これら2つを組み合わせて持ち運べるサイズにできれば、ヘルスケアにとって大きな進歩になるでしょう。血圧や体温、脈拍だけではなく、これまで病院で年に1、2度計測していたような血液や汗、尿の成分も家にいながら計測できるようになるわけですから」

もちろん精度向上や制度設計の壁はあるが、もしこれが実現すれば、これまでスマートウォッチなどで取得していたような生体データの価値は大きく上がる。データの価値が上がれば当然利用者も増え、ビッグデータの材料も大量に得られることになる。

結果として、在宅医療でできることの範囲は大きく広がっていくことだろう。

「物理センサーと化学センサーをうまく組み合わせていくことも、センサーが進む方向の一つだと思います」

小型軽量化や大型化は、確かにセンサーが目指していくべきゴールではある。しかし、あくまでセンサーの形状は、使用するデバイスに組み込むためか、人に意識させずに設置するための手段であり、目的ではない。

横田准教授の言葉を借りるなら、状況に応じて「これまで測れなかったものを測定できる」ようにするために、最も適した形、大きさ、組み合わせに、フレキシブルに変わっていくことが重要だ。

技術の進歩により、センサーが測定出来るものは増えていく。今後は、測りたいもののニーズを捉え、これまで交わらなかった分野が積極的に組み合わさっていくことが、センサーの進化において求められることなのだろう。

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