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冷たいエネルギーの価値

イチゴ栽培や熟成貯蔵にも! 大谷石地下採掘場跡の地下水活用から見る冷熱エネルギーの可能性

新ブランド「大谷夏いちご」開発につなげた栃木県宇都宮市の産学官連携プロジェクト

電気や熱といったエネルギーの一つに、「冷熱エネルギー」というものがある。冬に降り積もる雪などを利用し、さまざまなものの温度を下げるために活用されるエネルギーで、北海道や新潟県など寒冷地で盛んに用いられている。しかし、実は首都圏でも、この冷熱を活用している自治体がある。それが栃木県宇都宮市だ。同市大谷地区にある大谷石(おおやいし)地下採掘場跡は、広大な地下空間に豊富な貯留水をたたえており、その地下水の冷熱を地域産業に活用しているという。

地下水の冷熱で“夏場のイチゴ栽培”を実現

宇都宮市大谷地区はかつて、「大谷石」として知られる石材産業で栄えていた。ところが海外から安価な石材が入ってくることで出荷量が年々減っていき、最盛期は120社あった事業者も6社までに減少。採石場も次第に放置されるようになり、石を切り出した跡にできた地下空間には雨水などによる地下水がたまったままになっていたという。

東京ドーム十数個分にもなるという大谷石地下採掘場跡

大谷石地下採掘場跡の地下室は、その多くが地下水に沈んでいる状態だという

もともとは安全対策の観点から宇都宮市も携わっており、どうにか地域のために活用できないかと方法を模索した。その中で目に留まったのが、年間を通して5~10℃の低温に保たれている地下水を利用した冷熱エネルギー活用だったという。

使い道を模索する中で浮かんだのが、「とちおとめ」などで知られる栃木の名産・イチゴの栽培だ。イチゴは11月ごろから出荷されはじめ、5月ごろまでがシーズン。一般的にビニールハウスで栽培されているが、暑さにはあまり強くなく、ハウス内が60℃近くに達することもある夏期は、栽培に適さないとされている。この期間に冷熱エネルギーを用いることで、栽培可能な環境を作ることが狙いだ。

宇都宮市大谷振興室の北條 倭氏は、次のように説明する。

「栃木県では、イチゴの名産地というイメージを利用してイチゴ産業を盛り上げようと、夏用の『なつおとめ』という品種を開発していました。ただ、とちおとめよりは熱に強いものの、夏の屋内で栽培するのはなかなか難しく、栽培に取り組む農家さんはほとんどいませんでした。もし、大谷石地下採掘場跡の冷熱エネルギーを利用することで栽培できれば、そのストーリーを含めて売り出していけるのではないか。そう考え、なつおとめを“クラウン冷却”という手法で育て、『大谷夏いちご』栽培の取り組みを開始したのです」

2014年ごろから実証実験を開始した宇都宮市は、民間企業や大学の研究者などからさまざまな知見を求め、翌年に産学官による大谷エリア創再生エネルギー研究会を発足。2017年には、同研究会に参加する総合建設コンサルタントの八千代エンジニヤリング株式会社、地質調査を専門とする川崎地質株式会社、地中熱によるヒートポンプシステムを手掛けるクラフトワーク株式会社の3社合弁でOHYA UNDERGROUND ENERGY(以下OUE社)株式会社を設立。本格的な事業化へと進むこととなった。

宇都宮市発「大谷夏いちご」開発で観光業も復活の兆し

宇都宮市が目を付けた「クラウン冷却」とはどのようなものなのか。

イチゴの生育にとって重要なのは株元の温度で、形の整った大きな実を成らせるためには、20~25℃に保つ必要がある。株元を人工的に冷やして果実の生育を促す手法が、クラウン冷却だ。

宇都宮市では株元の周辺にチューブを通し、冷水を循環させることで周辺温度を冷やす方法を取っている。ヒートポンプ方式と呼ばれ、宮城県にあった先行事例を応用しているという。こうした大谷地区の運用方法について、設備の設計・製造を担うクラフトワークの益子暁弐氏は、次のように説明する。

「ビニールハウス内にチューブを張り巡らせ、採石場から地上にくみ上げた地下水を、その中で循環させています。ポンプで地下からくみ上げた地下水をそのままチューブに通している箇所もありますが、地下水をそのまま流してしまうと不純物を含んでいることがあり、それらがチューブを詰まらせる原因になってしまう。そこで、いったん別の媒体に水の温度を移し、それをチューブに流すという仕組みにしています」

大谷夏いちごは、地下水の冷熱エネルギーを利用しクラウン冷却によって栽培されている

冷熱エネルギーを使ったヒートポンプ式のクラウン冷却装置の仕組み

2017年に実証を始めて以降、2021年2月現在までに4つの事業者がなつおとめの栽培に乗り出している。最初に着手した3社は自前でポンプを用意するなど、自費で設備を整えなければならなかったが、大谷地区では現在、設備導入はOUE社が負担し、設備の電力使用料を支払うだけで冷熱エネルギーが利用可能となっている。

クラフトワークは宇都宮大学と大谷地域エネルギーについて共同研究を進めている。そこで得たデータ検証の結果、冷熱を活用したヒートポンプ方式を採用することによって、従来の重油ボイラー方式でかかっていたランニングコストと比較した場合、年間約48万円のコスト削減になると試算されている。加えて、二酸化炭素の排出量も、延床面積400m2に対し年間で22tの削減につながる見込みだ。

冷熱エネルギーが宇都宮市にもたらした効果はそれだけでない。大谷夏いちごを使ったメニューを提供する飲食店が増加し、ジャムやフリーズドライにした商品を販売する店も出てきている。県外へも出荷され、沖縄県うるま市のリゾートホテルなどではスイーツ用の食材として活用されているという。

以前より注力してきた大谷石採石場跡の観光地化に加え、大谷夏いちごの栽培、ブランド化を進めた結果、一時は最盛期の年間120万人から16万人にまで落ち込んだ大谷地区の観光客は、2019年に約80万人まで回復。冷熱エネルギーが、活気という熱を取り戻すきっかけの一つになっているのだ。

貯蔵庫にも冷熱エネルギーを活用

ただ、地下水の冷熱エネルギーには、デメリットもゼロではない。地下水を循環させることによって、地下環境への影響がないとは限らないからだ。その点について、宇都宮市は細心の注意を払っている。

「地下水を循環し続けると、水の温度は上がります。それを地下に戻すことで地下水の温度が上がってしまうなど、環境へ悪影響を及ぼすことも考えられました。そこで、水や地盤工学の専門家に研究会に入っていただき、継続的にモニタリングを実施しています。使用した水を地下に戻せば、その水は基本的には再び冷えるのですが、その循環量がどれくらいまでなら問題ないかを模索しているところです。地域振興と環境影響を考慮した安全対策は、両輪でやらないといけないということを念頭に置いています」(北條氏)

一方で、農業事業者からはイチゴだけでなく、メロンやコーヒーの栽培にも冷熱エネルギーを利用したいという声も上がっている。そうした多様なニーズに応えるためシステム改良も進めているという。

「現在、株元の周辺だけでなく、ビニールハウス内全体を冷やすシステムの開発に取り組んでいます。イチゴも、その方が形の良い甘い実をつけることが分かっているからです。この技術が確立できれば、他の農作物への応用も可能となります。今年の夏もデータを取り、さらなる進化を目指します」(益子氏)

ビニールハウスの室内全体を冷やす技術が確立すれば、「夏場に過酷な環境で働く農家の方々の労働環境も改善されます。新たな農業従事者の確保にもつながってほしい」と北條氏。2021年夏にも実証実験が行われる予定だ

さらに宇都宮市では、農作物の栽培以外でも冷熱エネルギーを活用していこうと検討が進んでいる。それが「貯蔵コンテナ」だ。大谷石で造られた貯蔵コンテナを地上に設置し、イチゴ栽培同様に地下水が循環するチューブを通すことで、コンテナ内の温度を低温に保ち、食料の貯蔵に活用しようというのだ。

他では見られないようなユニークな見た目のコンテナ。「街中にこのコンテナが増えれば、新たな観光資源になるのではないかとも考えている」と、北條氏は期待を寄せる

「採石場跡では以前からワインなどの熟成が行われてきましたが、スペースには限りがあります。そこで2016年ごろから地上でのコンテナ実証実験を始めました。まずは大手の食品メーカーさんなどに声を掛けさせていただき、企業利用を促しているのですが、いずれは地元の人たちが個人レベルでも気軽に使えるサイズで、コインロッカーほどのスペースにすることも考えています。使用したい温度帯や湿度を調整できるので、自分で作った野菜をそこで熟成させるなんてこともできます。複数人で共同利用すれば、熟成のシェアリングサービスもできるかもしれません。他にも、地下の冷たい空気を送って空調に利用するなど、冷熱エネルギーには、まだまだ多くの可能性があると思います」(北條氏)

過去にその役割を終えた地下の採掘場が、地域を活性化する資源として再び役割を担おうとしている。石の上にも3年。宇都宮市とOUE社らの取り組みが今まさに実を結ぼうとしている。

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