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2022.03.04
エネルギー源はオカラ!? 逆転の発想で大量の「アンモニア」を生み出す仕組みを発見
酵母と酵素を使い食品廃棄物からアンモニアを生成する細胞表層工学への期待値
脱炭素社会実現の手段の一つとして期待されているのが「アンモニア(NH3)」だが、実は現状の一般的な方法ではアンモニアを生成するために多大なエネルギーを消費する。だが、京都大学 産官学連携本部の植田充美特任教授らが発見した、酵母と酵素を使い「食品廃棄物」から生成する手法は、何とエネルギーをほとんど使用することなく、大量のアンモニアを生み出せるという。どのような手法なのか。そして、なぜ食品からエネルギーを生み出す手法を発見できたのかなど、詳しく話を聞いた。
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常識を覆すゼロエネルギーでのアンモニア大量生成
地球温暖化対策として、「脱炭素社会」の実現は全世界的な方針となっている。その実現のために、燃やしても二酸化炭素(CO2)が発生しない脱炭素燃料の一つとして期待されているのが「アンモニア」だ。
これまでも折に触れ、アンモニアの可能性についてレポートしてきた。
>特集 脱炭素時代の燃料 「アンモニア」の可能性
アンモニア生成技術の歴史は古く、100年以上前にドイツで開発された「ハーバー・ボッシュ法」で、今も化学肥料などに用いるアンモニアが作られている。
だが、このハーバー・ボッシュ法には現在、無視できない弱点がある。
原料となる水素は化石燃料から生成し、アンモニアの生成過程で高温・高圧を必要とするため、多大なエネルギーを消費する。そのため、世界中の科学者がハーバー・ボッシュ法に代わるアンモニア生成技術の研究を続けているのだが、思いも寄らない手法によって大量のアンモニア生成が実現した。
その研究を手掛けたのが、京都大学 産官学連携本部の植田充美特任教授(以下、植田教授)らのチームだ。
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「これまでになかった斬新な発想から、アンモニア生成手法を生み出しました」と語る植田教授。2021年8月にこの成果を発表した
「私たちが研究していたのは、細胞表層工学と言います。酵母(※1)の表面に特定の酵素(※2)を並べたものを用い、食品廃棄物のタンパク質を分解して抽出したアミノ酸を、アンモニアに一斉変換しようという手法です。ただ、普通に酵母を用いるとアミノ酸を酵母の細胞の中に取り込んで、アンモニアではないものに変換してしまう。酵母の表面に酵素を並べて、表面で処理するというのがポイント。だから細胞表層工学なのです」
※1 酵母:一定期間において栄養体が単細胞性を示す真菌類の総称。糖分をアルコールと炭酸ガスに分解する微生物であり、植物や野菜、空気中など自然界に生息する。
※2 酵素:生体内外で起こる化学反応に対して触媒として機能する分子。
植田教授は、軽快にそう語る。その手法というのは、次のようなものだ。
「サッカロマイセス・セレビシエ」という酵母がある。アルコールの醸造やパンの発酵に使う酵母といえばイメージしやすいだろう。その酵母の細胞内に特定の生物の遺伝子情報を注入すると、酵母の表面にその生物が持つ酵素が次々と浮かび上がってくる。これが植田教授らの大いなる発見だ。
表面に酵素が浮かび上がった酵母と、事前に処理を施してタンパク質をアミノ酸に変換した食品廃棄物の溶液を、密閉した槽の中で合わせて放置する。すると、酵素が自然にアミノ酸をアンモニアに分解するのだ。
アミノ酸は、アンモニアとその他の副産物に分解できる。それは食事で摂取したタンパク質を、アミノ酸やアンモニアに変換している人間の体内でも起きていることだ。酵母表面にある酵素によって、そのプロセスを化学的に再現していることになる。
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植田教授らが開発したアンモニア生成法を図で表したもの。黄色い丸が酵母、その周りを囲むのが酵素
提供:植田教授
この手法は、奈良・唐招提寺の千手観音のように酵母の周りに何千本もの酵素という手が伸びてくるというイメージから、米国の雑誌で「アーミング技術」と名付けられた。植田教授らも、気に入ってその名称を使用している。
「キノコ、アメフラシ、ヘビなどは、生きるためにいくつものアミノ酸を分解する酵素を持っています。その遺伝子を酵母の中に入れると、アミノ酸を分解してアンモニアにする酵素が酵母表面にたくさん出てくるのです。前処理した食品廃棄物にそれを当てれば、あとは勝手にアンモニアへと変換してくれる。この変換部分に、エネルギーは使用しません」
植田教授が材料として着目した食品廃棄物が、大豆残渣(ざんさ)である「オカラ」だ。日本ではオカラ自体を食べることもあるが、諸外国では“ごみ”として扱われている。
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オカラを事前に処理することで、アンモニア生成に使える溶液に変えている
提供:植田教授
また、諸外国においてオカラは地中に埋めて処分されるのだが、元は植物とはいえ地中に埋めると分解され、地球温暖化の原因となる二酸化窒素(NO2)を発生する厄介者でもある。
「大豆残渣は他の食品廃棄物と比べて、廃棄量が桁違いに多い。これをアンモニアに変えることができれば、大豆を食べ、その残りカスをアンモニアに変え、アンモニア燃料電池でエネルギーとして使用できる。その際に出てくる水素を集めれば、水素自動車を走らせることもできます。アーミング技術を用いれば、大豆残渣のタンパク質の88%をアンモニアに変えることができます。いいサイクルが生まれるのではないかと考えたのです」
世界で発生する年間大豆残渣は2億6000万t以上にも及ぶ。その88%をアンモニアに変えられるというのだから、夢のある話だ。
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他の食品廃棄物と比べても、圧倒的に多い大豆残渣(2013年のデータ)。豆腐加工においてはでき上がる豆腐とほぼ等量発生する
提供:植田教授
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キノコ由来の酵素(HcLAAO)を提示した場合、変換効率は最高88%。およそ2時間で前処理したオカラからアンモニアが生成される
提供:植田教授
斬新なアイデアがアンモニア生成につながるまで
食品から出るごみをアンモニアに作り替える。従来のハーバー・ボッシュ法やそれに類する研究と一線を画した突拍子もない生成手法は、どうやって考えられたのだろうか。
「最初は、ある日本酒メーカーとの共同研究がきっかけでした。日本酒を醸造する際には、こうじ菌と酵母を使って米からアルコールを造るのですが、この2つを同時に使うのは実は難しい。この2つを一緒にできないか、と考えたところから新しい発想が生まれました」
植田教授らが「アーミング技術」の開発をスタートしたのは1997年頃。当時はバイオエタノール生成技術が注目されており、教授らも研究テーマをこれに定めた。
その中で、先述した酵素が酵母表面に浮かび上がる現象に気付く。その特質を生かせば、デンプンやセルロースをバイオエタノールに変換できることも発見した。
「アーミング技術」は、アンモニア生成ではなく当初はバイオエタノール生成のために生まれた技術だったのだ。
バイオエタノール生成技術としても非常に画期的で、食品廃棄物だけでなく、ススキやネピアグラスなどの草本(そうほん※3)、古新聞といったものをバイオエタノールに変換することができた。
※3 草本:地上の茎が樹木のように太く硬い幹にならず、1年から数年で枯れる植物。
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「アーミング技術」を施した酵母で新聞紙を発酵させると、一晩でバイオエタノールになる
提供:植田教授
「でも、そこに落とし穴がありました。例えば古新聞だと、以前はタダ同然だったのが、バイオエタノールに変えられることで需要が増え、価格が高騰してしまったのです。ごみがごみじゃなくなったんですね」
当時はベンチャー企業で事業化していた。採算性が合わなくなり、植田教授らはバイオマス廃棄物が多い米国に、バイオエタノール生成技術を提供した。
「もう同じ目には遭いたくない。そう思って別のものはないかと探して見つけたのが、アンモニアだったのです」
時は過ぎ、2010年代半ばになっていた。まだ脱炭素社会の実現が一般に浸透する前だったが、アンモニア燃料電池や水素を燃料にして走る自動車(FCV)の技術が確立されつつあった。
「同時に目を付けたのが、世界的に大量廃棄されているオカラでした。オカラからアンモニアを作るなんて最初はいぶかしげに見られましたが、今では時代が追い付いてきてくれました。日本オリジナルの『アーミング技術』に注目してもらえるようになって、ありがたいと感じています」
ハーバー・ボッシュ法からは懸け離れた突拍子もないアイデアだが、この斬新な発想に至った経緯を知ると、ある意味当然だとうなずける。
砂漠を大豆畑に。大豆の廃棄物をアンモニアに
この「アーミング技術」は、今後どのように役立てられていくのだろうか。
植田教授は、国立研究開発法人 科学技術振興機構(JST)のCOI-NEXT(共創の場形成支援プログラム)で育成型プロジェクトリーダーも務めている。そこでは、この「アーミング技術」を使った一大プロジェクトが進行中だ。
「貧栄養な土地で根粒菌(こんりゅうきん※4)の介在の下、大豆を育てて食料不足を解消し、食べた大豆から出るオカラを『アーミング技術』でアンモニアに変える。そのアンモニアから作るエネルギーで水素自動車を走らせると共に、大豆を育てるというサイクルの実現に取り組んでいます」
※4 根粒菌:バクテリアの一種。常温常圧下で大気中の窒素をアンモニアに変換し(窒素固定)、植物の生育に欠かせない窒素を供給する土壌微生物。
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プロジェクトが進めば、エネルギーと食の世界的な課題を解決に導くサイクルが実現できる
「土壌には根粒菌がいます。そのために豆類は、少ない肥料で育てることができるのです。豆類は栄養が豊富です。食料としてきちんとその豆類を育て、そこからアンモニアを作れば、エネルギー問題だけじゃなく食料問題、果ては健康問題の解決の糸口にもなるのではないでしょうか」
新興国の食肉需要の高まりと新型コロナウイルス感染症の影響で食肉の需給バランスが崩れ、価格が高騰している。生産した豆類から大豆ミート(大豆を原料にする食肉を模した加工品)を作れば肉の代替品となり、食肉不足問題の解決にもつながるかもしれない。
「今注目しているのはアフリカです。今後、エネルギーの観点からも食料問題の観点からも、アフリカは重要な位置付けになる可能性があります。乾燥に強い根粒菌が見つけられれば、アフリカの砂漠やサバンナを一気に大豆畑にできるかもしれません」
そうなれば、COI-NEXTでのプロジェクト同様、エネルギーと食料の新しい循環を生み出すことができる可能性がある。
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アフリカの大地が大豆の一大産地になれば、アンモニアの一大産地にもなるかもしれない
大量に排出され、厄介者である食品廃棄物をエネルギーに変換する。世界が対峙する喫緊の課題にソリューションを起こす、新しいサイクルの実現を期待したい。
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