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食の問題も解決する新時代のバイオマス

中山間地域をエネルギーと食の両面で救う穀物バイオマス「ソルガム」の可能性

実はご当地グルメに、茎はキノコ栽培や発電に。長野産の穀物が切り開く循環型社会の形

木製チップや微細藻類からエネルギーを得るイメージが強い「バイオマス」。燃やして熱を生む、発電するなど用途はさまざまある中で、「ソルガム」というイネ科の穀物を使い、エネルギー化や食料化、果ては地方創生にまで発展させようとする動きがある。長年、プロジェクトを推進してきた信州大学 工学部 物質化学科 生物化学研究室の天野良彦教授に、エネルギーと食の両面からソルガムで起こす地域社会の変革について話を聞いた。

そもそも「バイオマス」とは何か

再生可能エネルギーの必要性が叫ばれるようになった近年、その一つである「バイオマス」も広く知られるようになった。日本語に訳すと「生物資源の量」になるが、果たして何を指しているのか分からない人もいるのではないだろうか。

「本来は動物や植物などの生物が生産したものの総称です。ただ、近年では多くの場合、植物そのものや植物由来の物質を指すときに用いられています」

そう話すのは、長年バイオマスの研究を続けてきた信州大学 工学部 物質化学科 生物化学研究室の天野良彦教授だ。

「バイオマスは太陽光がある限り、尽きることのない資源とも言えます」と天野教授

提供:天野教授

バイオマス研究の中で、天野教授はキノコの菌に関する研究をライフワークとしてきた。

「植物系のバイオマスで、エネルギー量が最も多いのは木に由来する木質系です。この木を分解できる微生物は、キノコの菌しかありません」

石炭が堆積していったとされる紀元前約3億5890万年前から約2億9890万年前の石炭紀には、まだキノコの菌がこの世界に存在していなかった。そのため、木が分解されずに石炭が生まれたのだという。

「キノコの菌のポテンシャルを使えば、何万年、何億年もかけて木が化石資源になるのを待たなくても、今ある木を分解し、糖などに変換すればすぐに利用できます。糖なら製品の材料にもエネルギーにも転用できるのです」

天野教授が研究対象としてきたキノコの菌。写真はキチチタケの菌糸

提供:天野教授

バイオマスと聞くと、つい再生可能エネルギーや発電方法と考えがちだが、生物そのものが持つ物質を、人が使いやすい別の物質に変換して使うことも、バイオマス利用の方法の一つということだ。

「むしろ、植物や植物由来の資源を最初から燃やして、電気や熱を作るだけではエネルギーしか取れません。これでは付加価値が低いでしょう」

有用な成分から順に利用していき、余すことなく使い切る「カスケード利用(※1)」をしてこそ、バイオマスの真価が発揮されると天野教授は言う。確かに、木を燃やしてしまえばそれまでだが、その前に有効活用できる物質は別で利用し、残った部分を燃やしてエネルギーにした方が効率はいいだろう。

※1 カスケード利用:利用するごとに品質が下がる資源やエネルギーを、下がったレベルに応じて繰り返し利用していくこと。

ヒダナシタケ目のキノコが木材を腐朽している様子

提供:天野教授

このように、バイオマスには非常に大きな可能性が秘められているが、「大きな電力を供給するのは難しい部分があります」と、天野教授は指摘する。では、バイオマスの力を十二分に発揮するには、どうすればいいのか。

「前提として、これまでの社会のように大きな電力を1カ所でつくって広く送電するのではなく、これからは小さな電力を分散してつくる社会が適していると考えています。そうした社会なら、バイオマスによる発電も貢献できる部分があるはずです」

そこで目を付けたのが、イネ科の穀物である「ソルガム」だった。

循環型の地域社会を生み出せるソルガム

一般的にはあまりなじみのない「ソルガム」は、モロコシやタカキビとも呼ばれる穀物で、穂先になる実(み)は粉末にすれば小麦粉のようにさまざまな食品に加工できる。アフリカが原産地であり、日本には遅くとも鎌倉時代には伝わったとされている。長野県では古くから米の代用品として、餅にして食べられることもあったという。

ソルガムはイネ科の一年草。種によって高さが5mを超えるほどに育つ

提供:天野教授

「木を分解するのは難しいんです。それなら、もう少し分解しやすいものを生育すればいいと考えました。毎年植えて収穫して、を繰り返すので手間暇はかかりますが、逆に言えば計画的な生産ができるようになります」

2008年から長野県畜産試験場の力を借りつつソルガムの研究を始めたという天野教授。同試験場では、元々牛の飼料用にソルガムの研究が行われていた。研究を進める中で、天野教授は人の食用としての展開を視界に入れた。

「最初はソルガムのエネルギー利用だけを考えていたのですが、発電するにはプラントが必要で、どうしてもコストが合いません。そこで、食用栽培して地域産業として根付かせ、ソルガムの生産量を増やす必要があると考えました」

そこから発展していったのが、先述のカスケード利用である。天野教授が思い描いたのは、次の図のようなものだ。

長野市と共同研究したソルガムのカスケード利用。実は食品に、茎は資材やエネルギーとして利用する

提供:天野教授

まず、地域でソルガムの実を食用として使ってもらう。茎はペレットにしてキノコの培地(生育させる栽培資材)として農業利用し、使用後のペレットや食品から出る残渣をメタン発酵でガス化。そのガスで発電し、電気と熱を生む。

電気と熱はソルガム栽培農地などで利用し、発電時に残る残渣も農地で肥料として使い切る。

茎をキノコ栽培に用いるのは、長らくキノコの菌の研究を行い、日本有数のキノコ産地でもある長野県に関わりの深い天野教授ならではの発想だ。

「ちなみに、昔はキノコ栽培といえば培地に木材を使っていましたが、今はコーンコブというトウモロコシの穂軸をペレット状にしたものが用いられています。日本で使われるコーンコブは現在、そのほとんどを輸入に頼っています。研究者として、これを国産に戻したい。ソルガム研究にはそうした思いも込めています」

ソルガムの茎を使って作った培地

提供:天野教授

培地を瓶に詰めて、キノコを育てる。写真は実際に育てたエノキタケ

提供:天野教授

実現すれば、地方創生の観点からは地域活性化や地産地消できる資源の確保、再生可能エネルギーの観点からは地球温暖化対策や持続可能な仕組みの構築にも寄与できる。あとは、モデルケースで成功例を示すことが必要だった。

そんな折、長野市から耕作放棄地の有効活用についての相談が舞い込んだ。天野教授は耕作放棄地にソルガムを植えて長野市で循環型社会を実現させることを提案し、2013年から共同研究を開始した。

長野市との共同研究で見えた成果と課題

2013年当時、長野市の中山間地域には約1600haの耕作放棄地が存在した(※『長野市の農林業-2010年世界農林業センサス結果報告書-』より)。

「約半分は原野に戻っていたため、耕作地に戻すのは不可能でした。しかし残りの半分は使える。幸い、ソルガムは中山間地域のような厳しい環境でも育てることができます。ここで生産できれば、新たな産業として過疎化も食い止めながら循環型社会が実現できるのではないか。そう考えました」

まずは、ソルガムの「食用」の部分にスポットを当て、生産農家やソルガムを使った料理を提供する飲食店を増やすことに心血を注いだ。

同時に、長野市や近隣市などでソルガムの茎をキノコの培地として利用する研究や、利用後の培地をメタン発酵させてエネルギーを得る実証実験、さらにはメタン発酵後の残渣を肥料として使用できるかの試験なども実施。つまり、構想したカスケード利用全ての実証実験を行った。

長野市との間で行われたソルガムの「食用」の部分にスポットを当てた共同研究は、2018年3月に行われた飲食に関する展示会「FOODEX JAPAN 2018」にも出展された

提供:天野教授

長野市とのプロジェクトは2020年度までの約8年続いた。市内では現在も推進されているが、共同研究としてひと区切りがついた今、見えている課題を天野教授が教えてくれた。

「キノコ培地やエネルギー生成も実証レベルでは一定の成果を上げています。ただ、実用化を踏まえると、もっとソルガムの生産量を伸ばさなくてはなりません」

普及活動のおかげで市内のソルガム認知度は高まっている。研究段階の現状で、長野市のソルガム耕作地は約9ha。カスケード利用を踏まえると、長野市内で数百haの栽培が必要だと想定しており、さらなる増産を目指す。

実現まではまだ道半ばではあるが、中山間地域の多い日本では、この研究に興味を示す自治体が増えているという。

「普及させていくには、まずはモデルケースとして成功例が必要です。実現に一番近いのは長野市。まずはここを何としても成功に導きたいです」

地域資源による地域内でのエネルギー循環は、例えば総務省が「分散型エネルギーインフラプロジェクト(※2)」を展開しているように、国が目指す方向とも合致している。その上、食に関わる問題も解決できるとあれば、中山間地域や耕作放棄地を抱えた多くの自治体で横展開できる可能性は高い。

※2 分散型エネルギーインフラプロジェクト:地方公共団体を中核に、需要家、地域エネルギー会社および金融機関などの地域の総力を挙げて、バイオマスや廃棄物などの地域資源を活用した地域エネルギー事業を立ち上げるマスタープランの策定から事業化までを支援する政策。

この先、ソルガム畑が日本の原風景の一つになる日が訪れるかもしれない

提供:天野教授

ソルガムは世界の穀物生産量では上位であり、それだけ生産しやすく、利用しやすい。放棄されてきた耕作地を有効活用し、食料や製品の材料へ、さらにはエネルギーにまで変換できる穀物を作る。それは、生産地域内での循環型社会を形成しながら、市町村レベルで新しい国産資源を生み出すことにつながる。米のように各地の畑で見かけるようになったとき、日本のエネルギーと食の文化の構造ががらりと変わっているかもしれない。

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