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DXによる防災情報の進化

災害現場における正確な情報共有を目指して! “防災情報のパイプライン”で起こすデジタル革命

防災科学技術研究所が基盤的防災情報流通ネットワーク「SIP4D(エスアイピーフォーディー)」開発に込めた思い

自然災害の現場では、組織間で“現場が欲する情報”を迅速かつ的確に共有できていないのが現実だという。この問題を解決すべく国際研究開発法人 防災科学技術研究所(以下、防災科研)は、国家プロジェクトとして組織横断型の基盤的防災情報流通ネットワーク「SIP4D」の研究開発を実施。組織ごとに異なるシステムで集約される災害情報を、府省庁・関係機関間でスムーズに共有できる技術を開発した。実際どのように活用されているのか、今後の展望を交えて同研究所総合防災情報センターの臼田裕一郎センター長に伺った。

組織間で状況認識が異なる災害現場の問題

防災科研は、地震や津波、噴火、風水害、雪害など、あらゆる自然災害を対象に、観測・実験や、研究成果を情報という観点から社会に生かす研究を行う国内唯一の国立研究開発法人である。

総合防災情報センターは「予防、対応、回復という形で情報をまとめ、有効な情報をいかに活用するかが、防災の観点で極めて重要」という考えの下、2016年に設置された。ここで、臼田氏は災害現場の情報共有における問題の解消に取り組んでいる。

「災害時は自衛隊、警察、消防、医療、ボランティアなど実にさまざまな組織が同時並行で対応しています。その際、おのおのが異なる有益な情報を持っているのにそれを互いに共有できていない。結果、組織間での状況認識が異なるという問題が発生しています」

災害現場では、刻一刻と変わる状況がアナログな手法で集約・共有されていること、さらに府省庁や各地方公共団体が必要な情報をおのおの独自のシステムで管理していることも、外部連携を困難にしていた。

例えば、負傷者のいる現場へは、機動性を備えた災害派遣医療チーム「DMAT(Disaster Medical Assistance Team)」が派遣される。参集拠点に到着した彼らには、まず「どの病院へ向かえばよいか」「その病院へ通じるルート」といった情報が必要である。臼田氏はここでの問題を指摘する。

「DMATは道路情報など管轄外の情報を持ち合わせないため、他組織とスムーズに情報連携できないということも起こり得ます」

元来、災害現場に集まる情報は電話やFAX、人づての話を職員が対策本部で紙の地図やホワイトボードに書き出し集約している。「合同会議の情報共有は大抵おのおののレポート提出で、データとしての共有・活用が難しい状況でした」(臼田氏)

「必要な情報が届かず、支援が行き当たりばったりになるケースも起きているのが現状です。これでは負傷者の救急搬送が迅速に進まず、命の危険に関わる事態も発生しかねません。この現状を変えるために、災害時の状況認識を統一するための“DX(デジタル・トランスフォーメーション)”を起こそうと思い立ったのが経緯です」

「SIP4D(Shared Information Platform for Disaster Management)」は、内閣府が主導する「戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)」の一環として、2014年より防災科研と株式会社日立製作所が共同で研究開発を開始した。総合防災情報センター設置の2年前である。

SIP4Dは「情報の自動変換」「情報の論理統合」の2つのコア技術を有することで、システム間での接続・変換・統合を仲介し、デジタルによる情報共有の負荷を低減している

画像提供:防災科学技術研究所

さまざまな組織の情報システムを一つに結ぶSIP4Dの概念図。「システム間のインターフェース調整やデータのフォーマット変換をSIP4Dが仲介することで、利用者の情報の出し入れが簡単になります」と臼田氏

画像提供:防災科学技術研究所

「情報を一カ所に集約して、全員が同じシステムを使う。そういう発想はあれども、実際にさまざまな組織が同時並行で動けば、組織ごとに適したシステムを使いたいと思うのは当然でしょう。ならば、組織ごとのシステムを生かし、システム間で情報だけを流通できるシステムを作るほうがよいという着想で生まれたのがSIP4Dです」

組織を超えた情報共有が可能にする、先手の防災

2016年の熊本地震において、防災科研は現地で活動する組織間での情報共有を行ったが、「システムは開発中、なおかつ各組織への周知もまだだったこともあって、(臼田氏も含めた)防災科研のスタッフが現地入りし、手入力で情報を作成したり共有したりしていました」と、臼田氏は振り返る。

「現場の情報を外に届け、外の情報を現場に届ける。さらにさまざまな組織のさまざまな活動を支援するよう、さまざまな情報を重ね合わせ、より有効な情報を作り出す処理を手作業で行いました。例えば、医療機関の情報はデジタル化されていたのでデジタルデータを変換して、道路の被害情報は紙に記されていたので手入力でデジタル化して、それらを基盤的な地図データに重ね合わせることでDMATが活動するための情報が整う…といった形の作業です。

(周知前で)対策本部に席がある状況ではなかったため、廊下に机とPCを置かせてもらって手入力を行って…。それから3年後の2019年に現行のシステムが完成し、さらにSIP4Dを活用して現地で情報支援するチーム『ISUT(Information Support Team/災害時情報集約支援チーム)』も内閣府とともに組織し、本格運用が始まりました」

2016年熊本地震において防災科研が集約した各機関の情報。通行止めなどの道路情報、避難所の収容人数が集約されているが、形式の違いから隣接⾃治体でも情報の組み合わせが困難といった“機関の壁”という問題が明らかに

画像提供:防災科学技術研究所

2019年台風15号(令和元年房総半島台風)の際は、電線やアンテナの復旧を行う東京電力と通信各社、さらに千葉県、自衛隊からの情報をISUTが集約、倒木などの状況を一元化し復旧作業に役立てられた

画像提供:防災科学技術研究所

SIP4Dによる情報共有は災害現場での活用にとどまらず、平時の防災にも生かされる。

「例えば、『今、雨がどこでどのくらい降っているか』のリアルタイムの観測データを防災科研のような機関が受け取り、地域ごとの年間降水量や過去の災害情報と組み合わせて、雨が災害につながる可能性の解析を最短ルートで可能にします。このような情報に基づき避難や支援の準備を始めるなど、先手の防災対策につながります」

SIP4Dへのアクセスは現状災害対応機関のみ可能だが、直近の災害時の発生状況など一部は「防災クロスビュー」で一般公開。同サイトでは、災害情報を重ね合わせて災害の全体を見通し、予防・対応・回復を通じての活用を目指している

ドローン活用で期待される、情報共有の進化

SIP4Dで共有された情報の活用は、他にも「防災チャットボット」(本特集2本目にて解説)をはじめ徐々に具体例が表われ始めている。

「ごく狭い範囲でしか共有できなかった情報も、パイプラインであるSIP4Dをつなぐことで、その活用例も今後増えると考えています。最近は人工衛星画像活用の拡大やドローンを飛ばす組織が増えていることも、より多様な情報を共有できる環境への追い風となり、情報が増えるほどSIP4Dの利用価値も高まっています」

ドローンが多角度から撮影した現場写真を、写真の位置情報データを基に形状・位置を正しく整えた“オルソ画像(上空から地表面を撮影した航空写真、地理空間情報)”へ補正することで、地図データに重ねることが可能になる。この手法が各所で実用化されると、例えば土砂崩れなど、二次災害の恐れから立ち入り困難な災害現場の状況把握などが格段に向上するだろう。

今後は政府が進めるサイバー(仮想)空間とフィジカル(現実)空間を融合させた概念「Society 5.0」(内閣府資料より)に基づき、ビッグデータやAIとの連携で“情報が災害現場をけん引する”「CPS4D(Cyber-Physical Synthesis for Disaster Resilience/防災版サイバーフィジカルシステム)」への発展が見据えられている

統合イノベーション戦略 2022(案)内閣府

こうした進化の可能性を秘めつつも、改善の余地もまだまだ残されているという。

「システムが理想の形になっていても、災害発生現場では膨大な人数や組織が動いているので、まだまだ最大限に利活用できていないと感じています。また組織体制が理由で、各所から求められながらも非公開の情報も多く、SIP4Dでつなぐことに躊躇(ちゅうちょ)する組織があるのも事実です。

SIP4Dで流通するデータへのアクセスは、現状は、一般公開可能な『防災クロスビュー』での閲覧を除き、法律で定められた災害対応機関のみに限られています。状況、必要性を加味した上で、情報をより広く共有できるよう、システムや共有ルールのアップデートを目指せたらと。本当に必要なもの、役立つものにするために、これからも柔軟な発想で対応したいですね」

省庁連絡会議で、それぞれの担当者がSIP4Dに集約された状況を、自ら画面を操作し報告する。紙の地図やホワイトボードに書き込んでいた情報共有が大幅な進化を遂げた

画像提供:防災科学技術研究所

想定外がつきものの災害現場で、それぞれの災害対応組織が集めた情報の共有は、効率的な支援につながる。

そして多種多様な個別情報が氾濫する現代社会において、災害対応組織が集約・共有した情報の活用は、私たちを最も適切な行動へ結び付ける。

SIP4Dに込められた防災情報のDX化への思いは、きっと広く享受されるに違いない。

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