1. TOP
  2. 特集
  3. 熱帯びる東南アジアテック市場
  4. スタートアップへの投資額は8000億円超! 世界が狙う東南アジアのテック市場
特集
熱帯びる東南アジアテック市場

スタートアップへの投資額は8000億円超! 世界が狙う東南アジアのテック市場

今、日本が国を挙げて東南アジアのテック市場を支援する理由とは?

近年、世界中から富裕層や起業家が東南アジア、特にシンガポールに集まっているというニュースを目にしたことはないだろうか。同国では、2004年時点で2757社だったテック系スタートアップが、2015年末には5111社と、10年で2倍近く増加しているという。金融センターに集まる投資家と企業活動を支援する政府の存在がエコシステムとなり、東南アジアを攻める「テック系」の起業家を呼び寄せているというのだ。そして今、その成果が着実に表れてきている。本特集第1回では、まずはそんな東南アジアのテックビジネス事情に迫る。

日本も狙う東南アジアテック市場

2018年11月、シンガポールで開催された日ASEAN(東南アジア諸国連合)首脳会議で、日本政府はあることを表明した。ASEAN26都市で、スマートシティの開発協力に乗り出すというものだ。

ことし3月には、日本のエネルギー企業が相次いで東南アジアへの進出を加速しているという報道もあった。舞台となるのは、ベトナム、フィリピン、シンガポール、インドネシアなど。各社とも、人口減などの要因で需要が減少していく日本国内だけではなく、成長著しい東南アジアにビジネスの活路を見出そうとしている。進出時期やスタンスには違いがあるものの他産業も同様の動きを見せており、東南アジアを“ビジネストレンド”の一つとして取り上げる傾向が出てきているのだ。

世界的に見ても、東南アジア地域への投資は増加傾向にある。特にITやテクノロジー産業を含む新興企業への投資額の増加は顕著だ。アジア最大級のテックコミュニティ&メディア「Tech in Asia」によれば、2017年にASEAN地域のスタートアップに投資された資金は約78億6000万ドル(2019年4月現在為替レートで約8761億円)にのぼり、前年の投資額25億2000万ドルから約3倍以上も増えた計算になる。近年、日本国内のスタートアップ企業への投資も増加傾向にあり、2018年には3848億円と過去10年間で最高を記録しているが、それと比べて倍以上の資金が東南アジアのベンチャー企業に投じられていることになる。

同時に、東南アジア現地のベンチャーキャピタル(VC)の動きも活発化している。例えば、2016年に設立されたBeacon VCは、タイの大手商業銀行・カシコンバンクのベンチャーキャピタルファンドだが、銀行と相性のよいフィンテック(FinTech;金融サービスにおけるテクノロジー)のみならず、AI(人工知能)など数多くのテクノロジー分野に投資を行っている。

インドネシアでは、国内に投資を行うIdeosourceというVCがあり、2011年に設立されて以降、EC(電子商取引)、インターネットインフラ、IoT(モノのインターネット)など、複数分野に投資。また、完全にローカルというわけではないが、ジャカルタ、東京など世界に拠点を構えるEast Venturesは、EC、ソーシャルサービス、ゲーム、SaaS(ソフトウェア・アズ・ア・サービス)、モバイルサービスなどに重点を置いて、インドネシア、シンガポール、マレーシア、タイなど東南アジア各国のスタートアップに投資を続けている。

そして東南アジアでは既に、ユニコーン企業(評価額が10億ドル以上の未上場スタートアップ)も登場。Grab(配車サービス/シンガポール)、GO-JEK(二輪タクシー配車サービス/インドネシア)、Bukalapak(EC/インドネシア)などがある。対して日本はと言えば、ディープラーニング(深層学習)の研究開発を手掛けるプリファード・ネットワークス1社のみとなっている。

東南アジアの庶民の足となったユニコーン企業「Grab」。バイクの配車サービス需要が大きいのも、東南アジアならではだろう

日本より期待される東南アジアのエコシステム

投資が増え、圧倒的な成長を遂げる新興企業が増えるのに併せて、起業家たちを支える「エコシステム」(デベロッパーやベンダーが平等に利益を得られる協業形式)も拡充し始めた。それは東南アジア各国政府が、エコシステムが回るように促進策を打ち出していることも強く影響している。

中でも、2000年代半ばからスタートアップ促進策を強化してきたシンガポールは、世界のエコシステムをモニターする「Startup Genome」が公開した2017年の世界スタートアップ・エコシステム・ ランキング(都市別)で12位にランクインしている。残念ながら、こちらでも20位以内に日本の都市名は挙がっていない。

「日本の知人から『シンガポールが最近、環境が良くなったらしいな』などと問い合わせを受けることがありますが、むしろシンガポールの環境は日本をとっくに超えてしまっている。東南アジア全域では、まだ成長や起業環境にばらつきがあるのは確か。しかし、いずれにせよ、日本にいる方々が抱いている東南アジアのイメージは10~20年前のままだと感じることが多々あります。変化のスピードはとても速いですよ」(香港などに拠点を構える日本人起業家)

日本より所得水準が高いシンガポール。世界中から注目を集めているのはご存知の通りだろう

エコシステムや成功体験が蓄積されることで、現地の起業家たちのエネルギーも好循環を見せ始めている。シンガポールに本拠地を置くベンチャービルダー&インベストファーム・REAPRAのプリシラ・ハン氏は言う。

「弊社はシンガポールでそれなりに認知が高いという理由もあるのですが、たくさんの問い合わせをいただいています。毎日、2~3件は常に新しい案件をフォローしている状況です。私が同社に来て1年半の間にレビュー(検証)した数だけでも、約400件になります」

これは、REAPRAという一つのVCに対して、1日1案件以上も自分たちのアイデアをビジネスにできないか、また投資を受けることはできないか、と問い合わせてくる起業家たちがいるということだ。

このように東南アジアへの投資が加速する背景には、まず何よりマクロ的な経済要因がある。東南アジアの国々では、GDP(国内総生産)や国民の所得水準が右肩上がりに成長を続けており、可処分所得に余裕がある中産階級が増加している。

しかも同地域全体では約6億5000万人もの人口を抱えており、平均年齢も20~30歳代ととても若い。「着実に成長するマーケット」なのだ。

インフラの未整備もチャンスに

一方で、先進国と比べて社会インフラやサービスがまだまだ未整備な側面が多いのも事実。ひるがえって言えば、ビジネスとして解決すべき課題や“隙間”がたくさんあるということだ。

とはいえ、過去のものを刷新していこうとすれば、コストのみならず既得権益との摩擦が生じる。何より、旧来のサービスやインフラに慣れてしまった消費者の習慣を変えることはなかなか難しいのだ。

それでも東南アジアは、そもそもインフラやサービスが足りていない。新しいテクノロジーやサービスが生まれることは、誰にとっても得だろう。なお、前出の日本人起業家からは次のような興味深い話も出ている。

「例えば、内戦から復興を遂げているカンボジアなどの国では、社会のため、課題解決のためという気持ちを持った若者がたくさんいます。もちろん、自分も含めてですが他者のために働こうというモチベーションが高いんです。しかも、これから生活が良くなるしかないという社会的な雰囲気に支えられています。これは、先進国ではなかなか生まれにくい感覚。社会が複雑になればなるほど、他人の幸せと自分の幸せがリンクしにくくなっていくんです。前向きな気持ちや心構えは、テクノロジーや社会インフラを発展させていくための源泉になるのではと個人的に考えています」(前出の日本人起業家)

カンボジアのデジタル決済企業で働く前向きな青年たち。人材の成長もまた、著しい

将来的に東南アジア地域はどのように発展を遂げていくのだろうか。テクノロジーの成長という側面に限って言えば、大きな可能性を秘めているというのが大方の見解となる。

例えば、グーグルが2018年に発表した「e-Conomy SEA」というレポートによれば、今後、同地域におけるデジタルエコノミーの規模は、2025年までに2018年比の3倍、約2400億ドルまで成長すると見込まれている。このデジタルエコノミーの市場には、オンライントラベル、EC、オンラインメディア、配車サービスなどが含まれる。

一方で、ロボティクスなどハードウェア産業の発展も予測されている。国際ロボット連盟(IFR)が、タイをアジア内の産業用ロボット成長市場に挙げているのがその一例だ。同国で2016年に2646台を記録した多目的産業用ロボットの販売台数は、2020年には5000台と2倍近くまで増加するとの見通しである。

なお、タイではサービスロボットの開発潜在力および需要もあるとされている。現在、タイのロボット開発は主に政府機関や大学研究所を通じて行われており、民間企業の中ではシニアケアロボットを発明した「CT Asia社」などの認知度が高まってきている。

東南アジアという地域に潜在する力の一つに、世界中の人種や才能の交流地点になっているという点も挙げられるかもしれない。既に米国、欧州、中国、インド、韓国など、あらゆる国の人々が集まり、協力し、ときに競合しながらしのぎを削っている。

日本でも東証一部上場のサツドラホールディングス傘下のAI開発企業であるAWLが、ベトナムに拠点を移すことを発表したが、それ以外にも東南アジアに拠点を構えた、もしくは構えようと検討している日本の新興テック企業が続々と増え続けている印象だ。

人件費や物価が安いというようなこれまでの特徴や先入観だけでは、現在の東南アジアを“ミスリード”することになる。社会課題を解決し、新たなユニコーンを目指そうと、世界の才能、文化、金が集まってくる世界トップクラスにエネルギッシュな場所。そういう場所に、東南アジアはなりつつある。

次回は、カンボジアで農家向けフィンテックサービスを成功させた日本人起業家に、ビジネスを展開させた結果から見える、東南アジアテック市場の実情を探る。

この記事が気に入ったら
いいね!しよう

Twitterでフォローしよう

この記事をシェア

  • Facebook
  • Twitter
  • はてぶ!
  • LINE
  1. TOP
  2. 特集
  3. 熱帯びる東南アジアテック市場
  4. スタートアップへの投資額は8000億円超! 世界が狙う東南アジアのテック市場