特集
熱帯びる東南アジアテック市場

IT系起業家たちが東南アジアビジネスにハマる理由

「成長していくしかない」から面白い! 日本人起業家が続々進出する東南アジア市場の実情

本特集第1回では、今テック系スタートアップの挑戦の場として、いかに東南アジアが注目を集めているのかをあらためて見てきた。では、日本人起業家たちはそんな東南アジアを舞台に、どのようにしてビジネスを展開しているのだろうか。特集第2回は、カンボジアを中心に活動する日本人起業家の一人、AGRIBUDDY(アグリバディ)・CEOの北浦健伍氏に自身のビジネスから見えた現地の実情を聞いた。

カンボジアは成長していくしかない国

本特集第1回で伝えたように、成長著しい東南アジア地域への期待は高まっており、現地テック企業などへの投資が急激に膨らみ始めている。ただその一方で、東南アジア各国の経済・社会における発展ステージは、それぞれ異なっていることも理解しておくべきだろう。

例えば、シンガポールは既に先進国となって久しいし、マレーシア、タイ、インドネシア、フィリピンなどは成熟した経済成長の段階にある気鋭の新興国という位置付けにある。対して、ベトナム、ミャンマー、カンボジア、ラオスなどは経済発展の入り口にあり、これから本格的な成長が期待される国だ。

また東南アジア市場には、日本をはじめ、米国、中国、欧州、韓国、台湾など世界中の大企業が直接、もしくは現地グループと提携・資本投下という形で進出の勢いを強めている。そして東南アジア各国を拠点にして新たな挑戦を始めようという海外起業家たちも少なくない。

「もともと、戦後の焼け野原に近いような所で勝負してみたいという思いがありました。日本の外に出るという体験は、僕にとってタイムマシンに乗ることと同じ感覚。今まさに戦争中のシリアのような場所もあれば、戦争が終わったばかりの場所もある。一方で、日本を追い越してしまったシンガポールのような場所もあります。2009年ごろにカンボジアを訪れた際には、今よりもさらに発展に乏しく“ないモノだらけ”でしたが、それと同時に、内戦が終わり、『この先成長していくしかない国だ』と感じました。その中で、自分のビジネスが人の役に立つのではないかとも考えたんですよ。それが、カンボジアで勝負することを選んだ理由です」

そう話すのは、アグリバディのCEO・北浦健伍氏だ。アグリバディは、カンボジアなどを中心に、農家向けフィンテックサービス(IT技術を使った金融サービス)を提供するベンチャー企業。2015年に設立され、本社を香港に、オフィスをカンボジアとインドに構えている。

日経FinTechが主催する「Nikkei FinTech Conference 2016」のピッチコンテストでは最優秀賞を受賞しており、法人・個人投資家からの資金調達も相次ぐ。2018年10月6日には、孫正義氏の実弟で連続起業家の孫泰蔵氏が設立したMistletoe社、サッカー・本田圭佑選手など個人投資家から合計で約3億円を調達している。現在、最も注力するカンボジア国内では、コンポントム、シェムリアップ、バッタンバン、ポーサット、バンテイメンチェイ、パイリンの6州でサービスを展開中だ。

アグリバディ・CEOの北浦健伍氏。カンボジアなどでの活躍ぶりは日本でも注目を集めている

金融インフラが未発達な国では、国民が銀行口座を持っていないことが珍しくない。つまり、個人の貯金や資産を確認できないため、融資など金融サービスを受けることができないという社会的課題がある。中でも農家は、財務状況が整理されていないケースがほとんどで、融資の前提となる「信用力」を計る手段が皆無だった。

そこでアグリバディは、そういった農家の信用力を「見える化(可視化)」するツールや仕組みを供給。農家が事業を拡大する際に必要となる融資など金融サービスのベースを提供し始めた。

同社は、農家が融資を受けられるようにするため、テクノロジーを使って大きく2つの情報をデータ化している。一つは、農地や農作物の状況など「商品・事業性」、もう一つが「農家自身」だ。

「カンボジアなどでは、農家が自分の畑の大きさを正確に把握していません。本人は2ヘクタール、5ヘクタールと言うのですが、ほとんどが大まかでいい加減。そこで私たちはまず、農地の大きさを特定しています。GPSと専用アプリが入ったスマートフォンを持って畑の周りを歩いてもらうんです。そこに、われわれが集めた現地の作物の流通価格データ、農作物を植えた日などの各データを組み合わせていきます」

カンボジアでアグリバディが収集している肥料など農業に関わる需要の分布データ

農家が作物を植えた日が分かると、その後に起こるイベントを予測することができるようになるという。例えば、収穫までの各段階で投じなければならない資金の量、またいつ投資を回収できるかなどのサイクルがそれに当たる。

「農地だけでなく、農家本人も特定します。これまでは、紙に本人の住所や所有地の情報を書いてもらっていましたが、カンボジアにはまだ住所なんてあってないようなもの。そのため、家の前で写真を撮影してもらって、GPSでどこに住んでいるかが分かるような仕組みを作りました。最近では米国のエベレストという企業と組み、スマートフォンで顔・指紋を認識するバイオ認証で本人を特定する取り組みも始めています」

農村パートナー「バディ」と連携して情報収集

可視化するためのシステムを構築しながら、実際に融資など金融サービスを受けられるように、アグリバディは既存の金融機関のシステムと連動させる仕組みも開発している。個別のIDで読み込めば、該当人物の名前や農地などがまとめられたデータベースを一覧できるというものだ。

「取得したデータは、パートナーのAMKという金融機関にまとめて渡しています。そのデータを基に、AMKがクレジット・ビューロー・カンボジアという借入センターに問い合わせて、問題なければ自動的にローン審査のプロセスを完結できるという仕組みです」

アグリバディのシステムは、農家だけでなく、銀行やマイクロファイナンスなど融資する側のコスト削減にも効果がある。例えば、前述のAMKには、もともと「クレジットオフィサー」という調査・審査を担当する現地スタッフがいた。バイクに乗って農村を回っているのだが、そこに人的コストが多く掛かるのだという。

というのも、農村では皆が近隣に住んでいるわけではない。また、天候が荒れることも多く、移動がままならない場合があるため、1日で最大4人ほどしか農業従事者に会えないのだという。そうなると、年間で1人のクレジットオフィサーが担当できる人数は100人程度。1万人に貸し付けを行おうと考えると、100人規模の人員が必要ということになる。

「その人件費の問題を解決するため、『バディ』という農村のパートナーたちと提携しています。バディは、農家たちのグループリーダーのような存在。そのバディが、われわれのプロダクトで農家のデータ集めを担当する形になっており、実質的にAMKの調査・審査担当者と同じ機能を果たしています」

農作業を行うバディと現地の農業従事者たち

現在、アグリバディが提携しているバディの数はカンボジア国内に750人ほど。今後、その数を増やしていくことで、データを取得できる農家の母数も増えていく算段だ。また、現段階ではバディ1人で農家10人ほどを担当しているが、将来的に1人につき50人まで増やしていきたいと北浦氏は話す。

「バディがより多い人数を見ようとすると、いろいろなことが簡易化されなければなりません。毎回、現地で紙の書類を作成して送るよりも、スマートフォンで写真を撮影し、指先を動かすだけで送信。それだけでデータが全て上がってくるという仕組みの方が、絶対的にスピードアップできる。そのために、さまざまな形でテクノロジーを導入しているのです」

保険会社・金融事業者と提携し、カンボジアの農業従事者をサポートするアグリバディのメンバー

北浦氏は、農業従事者が簡単に金融サービスを受けられるような仕組み作りを続けていく一方で、他のテクノロジーとの組み合わせも考えていきたいと話す。

「例えばドローンですね。農薬散布が効率的になるし、散布時に農薬を誰も吸わなくて済むようになるので、個人的に散布サービスなどもやりたいです。ただ、ドローンは現段階で10分飛んだら充電に1時間かかる。効率的にやろうと思うと電池パックをたくさん持って行って、それを常に充電して取り替え続けなければなりません。農村では充電設備なんてありませんからね。大きい電池を積んだとしても、トレードオフで飛行時間が短くなってしまうので、バッテリーにイノベーションが起これば、ドローンの他、いろいろなものがドラスティックに変わっていく可能性があると期待しています」

アグテックとフィンテックの合わせ技

アグリバディの最終的な目標は、農業に従事する人たちの暮らしを安全なもの「=Secured(セキュアード)」にしていくことだと北浦氏は言う。

例えば、カンボジアや東南アジアに来ている日本人起業家は、いざとなれば帰れる場所がある。しかし、カンボジアの農家に逃げ場はない。彼らの生活を守るために何が必要かを考えたとき、北浦氏たちの出した答えが、融資や保険などファイナンスソリューションだったという。

「われわれをアグテック(農業+テック)企業だと思っている人もいれば、フィンテック企業だと思っている人もいますが、自分たちとしては“合わせ技”だと考えています。都市から離れて住む人のほとんどは農業従事者。つまり、農業は『共通言語』なんですね。これが農業に着目した理由です。農業用機械やドローンのようなテクノロジーを導入することで、農業の生産性は上げられるし、彼らの生活は豊かになっていく。豊かにするためには、正しくお金を借りられるようにならなければいけません。また、正しくお金を借りることができても、不慮の何かがあった際に支えてくれる保険も必要。そういう仕組みを提供していければと考えています」

農地を訪れ、タブレットで進めているプロジェクトのデータを収集するアグリバディのメンバー

冒頭で記した通り、東南アジア各国における経済発展のステージは均一ではない。特に今まさに成長が始まろうとしている国々では、解決されなければならない問題が山積みだ。裏を返せば、だからこそ世界の起業家たちが集まり、しのぎを削り合う場所になっているとも言える。

そんな世界経済のフロンティアでは、一体どのようなテック企業が登場してきているのだろうか。特集第3回は、これからの動向に注目したい東南アジア発のテック企業を紹介する。

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