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2020.10.21
5G×VR! 新技術活用が災害現場の救急医療に変革をもたらす
【対策・医療】高速度・高容量通信が遠隔による医療サポートを加速させる
大規模災害が発生した際、現場には消防、警察、自衛隊などが駆け付け、状況把握が行われる。そもそも現場に立ち入ることができるのか?そこでどのように救助活動を行えるか?初期対応の方針が決まる重要な作業だ。この判断を、組織や役割の垣根を越えて、よりスムーズに共有する試みが行われている。その代表的事例が、2019年8月、防衛医科大学校とKDDI株式会社、株式会社Synamonが行った“災害医療対応支援を目指す、次世代高速移動通信システム5GとVRによる実証実験”だ。この実験を監修した防衛医科大学校の清住哲郎教授に、実験の経緯と手応え、さらに医療×VRの可能性などを聞いた。
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警察、消防、自衛隊の指揮系統をバーチャル指揮所で円滑共有
天災・災害が発生すると、家屋の倒壊や爆発、火災、洪水による被災から人命を守るため、消防や医療関係者、警察、自衛隊などが駆け付ける。その際、さまざまな組織が集まることで生じる問題が「情報の錯綜(さくそう)」だと清住教授は言う。
「通常は指揮所や本部を立てて情報共有します。しかし災害発生初期の現場では一刻を争う事態も考えられるため、時に救助隊員や自衛隊員がおのおのの判断で最善と思われる活動を行うこともあります。その場合、他の隊員たちがどんな状況にあるか、正確な情報をリアルタイムに共有することには限界があるのです。
全ての人が映像で状況を同時に把握できて指示が行き届くバーチャル指揮所があれば──。
5GとVRを組み合わせることで、それが実現できるのではないかと考えたのが昨年の実証実験のきっかけです」
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「災害では立ち上がりが特に大事。被災者をいち早く救助するために派遣されたレスキュー隊員にどんな支援ができるのかを速やかに判断し、複数の機関が的確に連携することがポイントになります」と清住教授は語る
2019年8月に行われた実証実験では、災害現場を模擬し、現場の状況を見渡しやすい位置へ360度カメラを配置。現場から5Gで4K映像を飛ばし、VRゴーグルを装着した各組織の指揮隊長が現場にいるような状況を形成した。
「現場の隊員がヘルメットに装着したカメラの映像は、当然、隊員の視界しか映らないので、注視すべきものを見逃すケースが起こり得ます。また、隊員が動くと映像も動くので共有する側は映像酔いを起こしかねません。それが固定の360度映像をゴーグルへ反映することで、臨場感のある状況把握がストレスなくでき、情報の見落としを防ぐ環境が整えられました。
もちろん、360度カメラでも映らない場所はありますが、理論上は3か所ほどに複数台設置できれば大体のエリアはフォローできます。1カメ、2カメ、3カメのように切り替えることで、さらに見落としが軽減できます」
現場とそれぞれのバーチャル指揮所は双方向通話が可能で、今、どこから、どんな情報が上げられ、どんな指示が下りているのかの同時把握も可能となる。
「例えば、消防の指揮隊長は現場の化学薬品の有無やガスの元栓・管の位置など消防の観点から状況を俯瞰(ふかん)的に把握し、二次災害を防ぎながら指示しやすくなります。病院にいる私は、瞬時に災害現場で“医師が見たいもの”を確認することができます。実験でも、4Kの高精細映像で患者の出血の他に肌の状況から読み取れる健康状態などを確認し、隊員と会話をしながら的確な医療指示を行うことができました」
指示を受ける隊員からも「まるで、現場で医師と一緒に処置をしている感覚だった」という感想が上がったという。状況判断、情報把握が瞬時にそして的確にできることが重要な現場で、一堂に会しているような情報共有、そしてスムーズな意思疎通ができ、被災者へより最善、最速のケアが行える“安心感がある”という声が多かったという。
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実証実験で取り組まれたVRコラボレーション(バーチャル指揮所を軸とした災害時の連携)の概念図
時々刻々と状況が移り変わり、その変化が人命を左右する恐れもある災害現場。
そこへ、現場と遠隔地に分散された人的なエネルギー=必要とされるリソースを最も効率良く組み合わせ、安全かつ最善の救命活動を実現させる。
5G×VRによるテクノロジーは、その増幅回路のような役割を果たしていると言えるだろう。
5Gの通信速度・容量が実現する“現場にいる”ライブ感
では、その“5G×VR”の何が優れているのか?
従来の4G通信環境で同じことを試みたら、どうなっていたのだろうか。
「4Gの電波では、通信時に映像と会話にラグが生じたり、映像が不明瞭だったり、画像が固まったりといったことが生じました。それが5Gの電波が飛ぶ場所であれば、カメラを置くだけで現場の状況を滑らかな映像でタイムラグもほとんどなく把握できるため、今後の5Gの発展に大きな期待を寄せています。
5Gのローカライズが進めば、断崖や急峻(きゅうしゅん)な地形などカメラが設置できない環境でも、救命隊員が現場へ赴かずしてドローンでの状況把握が可能になるでしょう。もちろん、現場で救助する人員は必要になりますが、そもそも危険な災害現場へ人を送り込めるかの判断を、遠隔で行えるようになります」
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防衛医大が昨年、KDDIとVR空間構築を担うSynamonと共同で行った災害現場での5G×VR活用の実証実験の様子。ゴーグルの視界には、背後のモニターにも表示された災害現場が映し出されている
5Gにより高画質の4K映像がリアルタイムで共有できることも、この試みにおける大きなポイントだ。
「4Kで高精細、5Gで遅延がない。この2つの進化を経て、理想のコミュニケーションが取れるバーチャル指揮所が実現できました。今までもリアルタイムの映像を現場から受信する手法は幾度もチャレンジしてきましたが、映像から何も把握できず、結局は電話でやりとりすることも多かったです。それに対してこの実証実験では、“やはり5Gは違うな”と実感しました。医療に関してのやりとりに“使える”と強く感じました」
もちろん、医師が現場に赴かねば難しい処置もあるにせよ「救命救急士ができる医療処置もどんどん増え、的確な指示さえ出せれば、医師の到着を待つ必要なくできる処置も増えるはずです」と清住教授は見解を示す。
5Gの普及がカギを握るバーチャル空間の活用
2020年に入り、5Gという言葉も頻繁に耳にするようになり、さまざまな分野で役立つという期待感もどんどん高まっている。
「あとは5Gの使用可能エリアが広がってくれるのを待つばかりです。バーチャル指揮所は5Gありきなので、災害現場に5Gの電波が飛んでいなければバーチャル指揮所を開設することができません。もちろん、それに代わる5Gを飛ばせる通信機器などを手軽に持ち出すことができるようになれば、実用化への課題はクリアされます。映像に関しては、カメラ自体は現状の技術、製品でバーチャル指揮所に十分な機能を備えていますね」
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「バーチャル空間で傷病者リストを適時更新し、現場で化学薬品が見つかった際も消防の指揮隊長が対応方法をすぐ指示できるなど、実際の現場、訓練を問わず想像以上に便利で有効活用できると感じました」(清住教授)
先日発表されたiPhone12が5G対応でリリースされるなど、私たちの環境にも少しずつだが5Gが浸透し始めた現在。
実証実験のさらなる展開も期待されるが、新型コロナウイルス感染拡大の影響もあり残念ながら2回目の実験はまだ実施できていないという。しかし、清住教授は活用に関する未来へのビジョンと手応えを感じている。
「災害現場で患者の情報をとなると、よりクリアな映像が撮れるカメラが求められますが、例えば救急隊員のトレーニングや防衛医大などでの教育に用いるなら、そこまでのクオリティーでなくても十分と考えています。コロナ禍で移動制限がかかる中、訓練をしたいけれど集まるのは困難という状況もあり、オンラインや映像での訓練はとても重要です」
災害現場同様、教育やトレーニングでリアルとバーチャルの差は出ないのだろうか。
「最終的には実地で学ぶのが一番ですが、教育はやりようだと思っています。何が何でも全部現場でというわけではありません。教育の場だからこそ、実際の災害現場を見据えて『ここはバーチャルでできる』など考えることも重要です。教育指導の軽量化も私の研究テーマの一つで、バーチャル空間の活用を工夫すれば、さまざまな問題もクリアできるのでは、と考えています」
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実証実験の映像をはじめ、災害時や医療処置時の映像などをアーカイブ化し、バーチャルによる医療教育に活用できる点も、このコラボレーションの大きなメリットだ
それ以外にも今後5G×VRでやってみたいことはたくさんあるという。
「実証実験の際に、バーチャル教育も一緒に行っています。医療では複数で連携し治療に取り組む“チームビルディング”がとても重要です。例えば、私の所属でもある海上自衛隊の場合は、いつも一緒に働いているチームではなく、全国から人材が集まって任務に赴くことがあります。横須賀(神奈川県)のドクターと呉(広島県)のナースと、佐世保(長崎県)の救急救命士が集まり、艦艇に乗り込むような状況です。艦艇に集まって『さてどんな医療をするのか』というシミュレーションは不可欠です。それをバーチャルでチームビルディングしておけば、実際に会ったときに“何をしよう”からではなく、すぐに現場対応できるメリットがあると考えています」
災害対応、教育、チームビルディングの3つが医療とVRと5Gの組み合わせに期待できることだと語る清住教授に、そもそも実証実験で「災害」を選んだ理由を最後に伺った。
「5GとVRが創出する、リアルタイムに360度、高精細、低遅延な映像・通信環境。これを役立てられる現場と考えた際、『災害』一択でした。手術室などは既にさまざまな機関で遠隔実験が行われていますしね。また、国境を越えて役立てられる災害医学の人材育成においても、VRの活用が期待できます。ここ一発という緊張感の下で対応しなければいけない、同じことが毎回起こるわけでもない、だけど起きてしまったときにはきちんと対応しなければいけない。そのような瞬間に備えて実際にはない状況を繰り返し経験できる。そういった意味でもVRは災害医療教育と非常に相性が良いと強く感じています」
5G×VRの活用は今後、より革新的なソリューションを生み出すだろう。
それをいかに役立てるかは、清住教授のような研究者の“熱意”に大きく左右される。
最新テクノロジーと研究者、双方が見事にマッチした今回の取り組みは、災害大国・日本に暮らす私たちにとって非常に心強いものであり、早い普及を期待をしたい。
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