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2021.06.21
窒素ガスと海水、太陽光でアンモニアができる! 大阪大学大学院が光触媒新技術を開発
安価な原料からアンモニアを合成する光触媒技術に期待
昨年4月、大阪大学大学院 基礎工学研究科附属太陽エネルギー化学研究センターは「太陽光と海水と窒素ガスから常温・常圧下でのアンモニア合成」に成功。その論文は米国の化学会誌「Journal of the American Chemical Society」に掲載され世界各国から注目を集めた。脱炭素社会の燃料として見直されているアンモニアが海水から生産可能に──。この画期的な研究に至る経緯と今後のビジョンなどについて、同センター平井研究室の白石康浩准教授に話を伺った。
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光触媒の研究からアンモニアの合成へ
大阪大学 太陽エネルギー化学研究センターはそもそも光触媒をメインとする研究機関で、アンモニアの研究に特化しているわけではない。
光触媒とは、光を吸収したときに化学反応を促進する=触媒作用を示す物質の総称で、有機化合物や有害な細菌を除去することができる環境浄化材料としても知られている。
「光触媒は一般にパウダー状のもので、これが光を吸収すると、励起(れいき)電子とホールが発生します。励起電子は物質を還元する反応を促し、ホールは物質を酸化させる反応を引き起こします。私たちが主に取り組んできた研究は、この光触媒を用いた人工光合成技術の開発です」
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大阪大学大学院 基礎工学研究科の平井研究室に籍を置く白石准教授
人工光合成とは、太陽光を使って地球上にあふれる入手容易な原料からエネルギーとなる化学物質を生み出す技術。
「二酸化炭素(CO2)から有用な物質を生み出すエコな技術」として、今やSDGsの観点からも広く注目されている分野だ。
白石准教授はその技術を使って水と空気から過酸化水素(H2O2)を生成する研究に注力していたが、2014年ごろからアンモニア(NH3)の生成にも目を向けた。
「アンモニアの需要が世界的に高まってきたことをきっかけに注目し始めたのですが、政府が掲げる2050年の脱炭素社会実現に向けた動きがあったことも後押しになりました。近年、アンモニアは水素を運ぶエネルギーキャリアとしてのニーズも高まり、科学技術イノベーション実現のために創設した国家プロジェクトであるSIP(戦略的イノベーション創造プログラム)などにおける研究からも分かるとおり文部科学省や国も重要視しています。そういった背景から私たちの考えを生かせるチャンスがあると思い、『どうにかして光触媒を用いてアンモニアを生成できないか』と研究を重ね、2017年に最初の論文を発表しました」
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常温・常圧下で太陽光エネルギーにより海水と窒素ガスからアンモニアを生成(1/2N2 + 3/2H2O → NH3 + 3/4O2)が原理的に可能であることを発見。アンモニア生成の省エネルギープロセスとして実用化が期待される
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白石准教授らが開発した「表面酸素欠陥含有ビスマスオキシクロリド(BiOCl-OVs)光触媒」。この光触媒を、塩化物イオン(Cl)を含む塩水または海水に浸し(懸濁させ)て、太陽光を照射することでアンモニアが生成する
ドイツ発「ハーバー・ボッシュ法」のメリット・デメリット
アンモニアの製造方法といえば、1906年にドイツで開発された「ハーバー・ボッシュ法」であり、100年経った現在でもこれに代わる製造方法はない。
白石准教授も「歴史に残る画期的な技術」と絶賛するが、一方で問題点もあるという。
「ハーバー・ボッシュ法は、窒素分子と水素分子を反応させ、アンモニアを効率よく合成できる製造方法なのですが、400~600℃の高温・高圧下で反応させるという厳しい条件が必須です。また、原料である水素は、石油などの化石燃料から取り出して使っているのが現状です。この方法だとCO2を多量に排出することになり、昨今の環境問題の観点からも懸念されています。光触媒の力でCO2を出すことなくアンモニアが作れたら……これが、私たちがアンモニア生成に目を向けたきっかけの一つでもあります」
研究を重ね、海水を用いたアンモニア生成法にたどり着いた白石准教授。自然素材を生かした画期的な手法だが、アイデアが生まれたのは「単に運が良かっただけです」と笑う。
「光触媒でアンモニアを生成するには、ホールにより水を酸化して励起電子により窒素分子を還元する必要があるのですが、これらの反応を進めることはとてもハードルが高いのです。ところが、2017年の論文発表以前から研究を行っている過程で、『こういう構造を作れば、おそらく窒素ガスの還元が進むのだろうな』といったものを運良く見つけました。それには、塩化物イオンをたくさん含んでいる溶液が必要不可欠だったのですが、それならば海水を遣えるだろうと。結果的に、私たちが新たに作り出した粉末光触媒を、海水などの塩化物イオンを含む水溶液に懸濁(浸すこと)させ、窒素ガス流通下で太陽光を照射することにより、アンモニアが効率よく生成することを見つけ出しました」
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「設備に関しても、どこの研究室にもあるような既成のランプや普通に低価格で売られている科学機器を使えます。低コストで研究を進められるのもメリットです」(白石准教授)
この方法によって、どのくらいのアンモニアが製造できるのか。
「結論から言うと、現時点では極めて少量で、工業的に必要なアンモニア量が安定して製造できるようになるのはまだまだ先の話です。現時点では、水を電子源として窒素ガスからアンモニアを合成する方法論を開発した段階です。それでも、米国化学会誌で研究成果を発表してから1年、研究を積み重ね、今では当時よりも活性が5倍以上は上がっています。
そもそも、常温常圧の条件で窒素からアンモニアを作ることは無理だろうという定説があったので、化学的には大きな一歩だと思います。光触媒を用いてアンモニアを製造する研究を行っているのは、日本では私たちだけと思いますが、世界的にははやり始めている分野です。現に2017年に発表した論文は、主に中国において引用された数が300件を超えています」
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大阪大学 大学院基礎工学研究科の平井隆之教授。白石准教授と共同で今回の研究を行っている
一方、国内では光触媒を用いてアンモニアを製造する研究に着手する人は少ないと言う。
「なかなか進みにくい反応ですので、手を出しづらいのもあると思います。私たちも、研究を開始して論文が掲載されるまで3年ほど費やしています。アンモニア生成の分野では、私たちのような光触媒ではなく、ハーバー・ボッシュ法より優れた活性をもつ触媒や、低温定圧の条件で高い活性を示す触媒を作ろうとする研究がほとんどです。
今回行っている窒素からアンモニアを合成する、反応物よりも生成物のエネルギーが高い反応のことを『人工光合成反応』と言いますが、実はその分野において日本は約50年前から、主に水を分解して、酸素と水素を作り出す研究を先導してきました。私たちはこの流れを受け継ぎ、新しい人工光合成反応を探してアンモニア合成に至っただけです。そもそもアンモニア合成が畑違いの分野であることも、光触媒研究者がアンモニア合成に取り組みにくい要因なのかもしれません」
他の研究とも切磋琢磨(せっさたくま)しさらなる高みを目指す
「工業的な物量が安定して製造できるようになるのはまだまだ先」と語る白石准教授に、最後に見据えている将来的なビジョンを聞いてみた。
「まず目指すところは、エネルギーキャリアに使えるくらいの量のアンモニア製造です。しかしそれにはさらなる光触媒の改良が必須となります。先ほど、1年前よりも生成量が5倍上がったと言いましたが、さらに10倍くらいに伸ばさないと難しいでしょう。それには仮説を立てて実証というトライ&エラーを繰り返して、あと15年は要するのではないかと思います。いろいろと試行錯誤していくしかありません」
また、現時点でのステータスについてこうも語る。
「光触媒反応を使って製造された工業製品は、現状ほとんどないのです。そういった部分の発展も同時に進めなければいけません。あくまでイメージですが、将来的にはプールのような大きな水槽に私たちが開発した光触媒パウダーを入れて海水を流し込み、そこに太陽光が降り注いで…といった“アンモニア塩田”のようなものができないかと思っています」
効率良くアンモニアを合成するという夢が膨らむ画期的な構想。
「また、太陽光パネルで作った電気を用いて、電気化学的に窒素を還元してアンモニアを作ろうとする研究もあります。そういった他の研究を取り入れたり、また、私たちの研究をそちらに取り入れてもらったりしながら、さらなる発展を目指していきたいですね」
常温・常圧下、安価な原料からアンモニアを合成可能な光触媒技術が、脱炭素社会実現への強力な武器となり得るはずだ。
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