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2021.9.7
ソニー「VISION-S Prototype」に試乗! EV開発の先に待ち受けるエンターテインメントある未来の姿
ソニーグループ株式会社 常務 AIロボティクスビジネス担当 AIロボティクスビジネスグループ 部門長 川西 泉【後編】
モビリティの進化に貢献するという目的のもと、ソニーが開発を進めるEV(電気自動車)「VISION-S Prototype(ビジョン-エス プロトタイプ)」。前編では、ソニーが今、EVに取り組む意義や人を包み込む=OVAL(オーバル・楕円)というデザインコンセプトが生まれた経緯について、プロジェクト事業の責任者である川西 泉氏に話を伺った。後編では実車に触れながら、「VISION-S Prototype」に込められたこだわりと自動車産業を含めたソニーが描く未来のビジョンを聞いた。
EV車両にリアリティーを追求する理由
2020年の初披露から約1年半──。
その車は、ソニーグループ本社ビル(東京都港区)の車寄せで静かにたたずんでいた。技術的な熟成を重ねて海外では既に公道走行実験も始まったVISION-S Prototypeだ。
今回見せていただいたのは複数台ある試作車のうちの一台である。
※【前編の記事】「託したのは“モビリティーの未来”! ソニーが「VISION-S Prototype」の開発で見せる本気度」
未来感にあふれた造形だが、そのスタイリングはこれまで100年以上をかけて進化してきた自動車の歴史から大きく逸脱するものではない。ボディーを覆うタイタニウムシルバーの塗色は陰影を際立たせ、豊かな表情を与えている。マシンに生命の息吹を吹き込む巧みなデザインは、ソニーの既存製品に通じるところでもあるだろう。
フロントフードやリアトランク中央にあるシンボルマークは、電気回路の図記号をモチーフとして、ソニーの「S」をも想起させる。そこから左右に光の帯が伸び、ヘッドライト上も通過してボディーサイドへと光が回る。こうした演出にもソニーのこだわりが表現されていると川西 泉氏は言う。
「VISION-S Prototypeはあくまで自動車の可能性を探るために製作している車両ですが、乗る方に満足感を味わっていただきたいという現実のプロダクツに根差した思いで造っています。走る、止まる、曲がる、という自動車の基本性能はもちろん、車内空間の演出やもてなしにも当然こだわりました。そうした部分は、ソニーが長年培ってきたアイデアを生かせる部分だと思っています」
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「S」を想起させる中央部はイルミネーションの起点にもなっている
開発メンバーの一人にドアを開けてもらい、助手席に乗り込む。
車内に腰を下ろしてまず感じたのは、室内空間の広さだ。外観から予想された車内の広さを大きく上回っており、頭上にも足元にも開放感がある。
「タイヤをボディーの四隅に配置し、ホイールベース(前後タイヤ間の距離)を長く確保しているため外観が大きく見えるかもしれませんが、実際には欧州車のEセグメント(全長約4800~5000mmまでの車種)に相当するサイズです。車内が広いのは動力源となるモーターを前後に分けて搭載し、内燃機関車のようなトランスミッションも存在しないから。加えて両サイドのピラー(窓柱)を視界の外に逃れるよう配置するなど、エクステリアとインテリアを協調させたデザインも開放感の醸成に寄与しています」
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複数のモニターがシームレスにつながり、それぞれの画面をスワイプ操作で移動させることもできる「パノラミックスクリーン」
運転席に座ると、ダッシュボード全面を横断する巨大なディスプレイが視界に飛び込んでくる。
これは「パノラミックスクリーン」と呼ばれ、メーター、ドアミラー、ナビゲーション、各種エンターテインメントの操作画面を集約させたものだ。
インパネとドア内張りは連続する楕円形のラインでつながっており、ここでも移動空間の快適性、エンターテインメント性、包まれ感を視覚的に表現した「OVAL」というデザインコンセプトが巧みに表現されている。
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シートなど車内のあらゆる場所にスピーカーを配置することで立体音響技術「360 Reality Audio」が実現された
そして、ソニーが新たに提案する立体音響技術「360 Reality Audio(サンロクマル・リアリティーオーディオ)」を体験した。自動車の車内にいるというより、まるで自分専用の小さな劇場にいるような感覚だった。
立体音響技術は車内空間の広さや形状などに合わせて丁寧に作り込まれているとのこと。
「360 Reality Audio」は自動車への応用は今回が初めてとなるが、この技術自体は家庭用オーディオで既に市販化されている。今回は車内空間のデザインなどと同時に開発を進めたことで実装できたというが、今後はカーナビのように自動車メーカーから登場する新型車への応用にも期待できるかもしれない。
自動車をより深く理解するための試み
今回乗車した車両は現状ナンバーを取得しておらず、公道走行ができない。そのため試乗体験では、本社内のポーチを周回してもらった。
EVゆえに、VISION-S Prototypeは静かな走り出し。低速度での走行だが、石畳の路面でも凹凸を程よくいなし、振動を車内に伝えない乗り味からは、ボディー剛性の高さやサスペンションなど基本設計レベルの高さが感じられる。
自動車のダイナミクス(力学、挙動といった意味)については、これまでのソニーには経験がない部分だ。そのため、マグナ シュタイヤーをはじめとするパートナー企業からの協力や緊密な連携があって実現されたものだと推察される。
「自動車業界と私たちの業界ではエンジニアリングの手法や専門用語が若干異なるため、互いに理解し合えるようになるまで多少の時間は必要でした。ただ、業界は違えどもモノ作りへの情熱は共通です。ビジョンを共有することで、パートナー各社ともうまく連携することができました。走行性能などはまだまだ改善の途上にありますが、今のところ順調に進んでいると思います」と川西氏は語る。
今回、外観上からその存在を察することはほとんどできなかったが、VISION-S Prototypeには車両周囲の状況を検知するカメラやレーダー、LiDAR(ライダー)と呼ばれるレーザー画像検出装置が多数配置されているという。
開発拠点のあるオーストリアでは既に公道走行試験が行われており、そうした安心・安全をもたらす技術の進化にも積極的に取り組んでいる。
ちなみに、自律運転や先進安全運転支援技術というとデジタルで全て解決できると思われがちだが、自動車としての基本性能が優れていなければ本来の性能は発揮できない。
ソニーがEV開発をパートナー企業とその起点から取り組み、ダイナミクスの分野にまで踏み込んできた理由はまさにそこにある。
さらに、ことし4月からはボーダフォングループ傘下のVodafone Germanyと提携し、5Gに対応したネットワーク通信走行試験もドイツのテストコースで始まった。
車両から取得される各種センサーデータのクラウドへの低遅延伝送、クラウドから車両をリアルタイムに制御する可能性の検証などを行っているという。CASEでいうところの「Connected(ネットワークへの常時接続)」「Autonomous(自動・自律)」に相当する領域の開発だ。
「こちらも開発途上なので詳細はお話できませんが、移動している物体の中で5Gが持っているパフォーマンスをどれくらい出せるのかという基礎的なデータをテストコースで測定している段階です。車両とクラウドの通信性能についても、実際に走らせてみなければ検証できません。まだまだ調整が必要なところもあるので、今後も開発を続けていくつもりです」
「VISION-S」は100年先まで語り継がれる事業となるか?
VISION-Sプロジェクトに、あえてゴールは設定されていない。
その理由を尋ねると、「安全・安心の分野において、完璧はないから」だと川西氏は答えた。
長い時間をかけて開発を続け、センサーなどの要素技術に随時フィードバックしていく。そうした経験・知見がソニーという会社にとって、ひいてはモビリティー業界全体にとっても今後の大きな資産となっていくだろう。
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「自動車の開発にはもともと長い時間がかかるもの。今後も『VISION-S』の開発は続くが、目標をどこに設定するかも社内で議論していきたい」と語る川西氏
最後に、100年後の未来、モビリティーとソニーの関係はどうなっていると想像するか? という質問をすると、こんな答えが返ってきた。
「遠い未来だけに具体的な姿を想像するのは難しいところですが、『お客さまに感動を届ける』という当社の基本的な姿勢が変わることは今後もないでしょう。モビリティーに関して言えば、どんなにデジタル技術が進化したとしても移動するという行為自体はなくならないと思います。移動する時間をどう楽しんでもらうか。そこで新しい価値を生み出すことができていたらうれしいですね」
移動する時間や空間に楽しみをもたらす。つながることに感動を見いだす。それは、ソニーがウォークマンや通信機器などの製品開発を通して、長年取り組んできた命題でもあろう。
モビリティー分野への挑戦である『VISION-S』。
そこには移動とエンターテインメントを掛け合わせることで生まれる新たな感動という過去から現在、未来まで地続きのテーマがあった。
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text:田端邦彦 photo:安藤康之
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