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自然災害の”予測・対策”新事情

世界トップクラスの気象レーダーを活用した雨雲予測アプリが防災意識を変える!

【豪雨予測】スマホアプリ「tenki.jp Tokyo雨雲レーダー」でゲリラ豪雨を素早く正確に予測する

2018年9月の特集「異常気象と温暖化の相関性(https://emira-t.jp/special/theme/7518/)」で取り上げた世界初の実用型「マルチパラメータ・フェーズドアレイ気象レーダ『MP-PAWR』(エムピーパー)」。それまで5分ほどをかけて収集していた気象情報を、わずか30秒で取得し、気象予測の新たな扉を開けた。実証実験などを先導するレーダー気象学のスペシャリスト、岩波 越(こゆる)国家レジリエンス研究推進センター長(防災科学技術研究所/以下、センター長)は当時、「この情報をいかにして伝えるかが次のステップ」と語っていた。それからおよそ2年後のことし7月。日本気象協会はMP-PAWRのデータを活用したスマートフォン・アプリ「tenki.jp Tokyo雨雲レーダー」をリリースした。そこで今回、岩波センター長と日本気象協会の山路昭彦技術戦略室室長、小畑貴寛氏に、2年間の研究成果とアプリ開発について伺った。

実証実験を続ける中で高まってきたスマホ対応のリクエスト

内閣府が進めるSIP(戦略的イノベーション創造プログラム)──。

その第1期は2014年から5年間にわたって行われ、現在は2018年からスタートした第2期が進められている。そのプログラムにある防災・減災に関わるテーマの中で、防災科学技術研究所と日本気象協会は共同で取り組んできた。

「SIPは技術を開発することが目的ではなく、開発された技術をいかに社会に還元するかということがテーマ。MP-PAWRをいかに活用して、得られた情報を生かすかということを共同してやってきました」(山路室長)

埼玉大学に設置され、情報通信研究機構が運用している「世界初の実用型「マルチパラメータ・フェーズドアレイ気象レーダ『MP-PAWR』」

撮影:防災科学技術研究所 前坂剛主任研究員

「前回取材時の2018年には、2000人のモニターに協力いただいて実証実験を行ったとお話しました。その実験でさまざまな声を聞くことができましたが、共通認識としてあったのが『結構、生活に密着した情報の使い方が多い』ということ。われわれは“豪雨に対する防災”という意識があったのですが、“通勤通学や洗濯などに生かした”という声が多かったのです。でも、そういった普段の暮らしの中に取り込んでもらうことが、いざというときに役立つことでもあると思います」(岩波センター長)
※ゲリラ豪雨予測に関する2018年当時の記事→「3年で予測スピードが1/10に!ゲリラ豪雨研究の最前線」

では前回の取材以降、どのような実験が行われ、今回のアプリリリースにつながっていったのか。

MP-PAWRのデータ処理については解決すべき課題があったと岩波センター長は語る。

「MP-PAWRによる観測雨量と予測雨量の時間変化を、雨量計で観測された雨量と比較してみたのですが、雨が強く降り続いている時間帯に一瞬、MP-PAWRによる観測・予測雨量の両方が落ち込むことがありました。この差は何なのだろうか、と」

実証実験中のMP-PAWRを用いた予測結果を観測値や気象庁の高解像度降水ナウキャストと比較した。このときに「観測・予測雨量の落ち込み」があることが見て取れた

MP-PAWRは比較的短い波長(高い周波数)の電波を使っており、強い雨域を電波が通過すると電波の減衰が大きくなり、そこから先が見えにくくなることがあるという。その範囲を検知して、補正を加えなければ判断を大きく間違えることになる。

「レーダーの感度と、電波がどれくらい減衰しているかを見比べることで判断するのですが、その際に使うパラメータの設定に苦労しました。通常のレーダーよりもMP-PAWRが複雑だからこその事象ですね。情報通信研究機構さんが晴天時に実際に観測したデータを使って感度に関わる数値の仰角方向の変化を求め、それを反映することで今は課題を克服しています」

2018年、続く2019年には情報提供の対象を限定した実証実験も行った。

一つは自治体。

防災担当部署に対して彼らが普段観察しているポイントでの予測雨量情報を提供。すると各自治体から「これまでは市民からの通報で状況を把握していたが、それに先んじて情報を得ることで効率よく対応できた」という声が届いたという。

自治体に向けて提供した豪雨直前予測画面。これはウェブサイト用の画面で利用者が雨量のしきい値を選択して設定。それ以上の雨量が予測されると自動更新の画面が赤く変わり、アラートを発する

もう一つはイベント向けの実証実験だ。

例えば、東京・日比谷公園で行われた「日韓交流おまつり2018」(2018年9月22・23日)会場付近の雨を予測した。また昨年は「ラグビーワールドカップ2019日本大会」の組織委員会にも東京、熊谷、横浜各会場の豪雨予測情報を提供した。

「いずれの実験でも『役に立った』という声を多くいただきました。ただ、同時に2年間にわたって行った実証実験で、市民・自治体から多かったのが『スマホで情報を受け取りたい』という要望でした。それを今回、日本気象協会さんが作られたわけです」

都心を走る主要電鉄路線上の雨雲情報を10分ごとに提供

日本気象協会がスマホアプリ「tenki.jp Tokyo雨雲レーダー」の開発をスタートさせたのは、2019年5月。これもSIPの取り組みであることから、防災科学技術研究所ほか多くの関係者の意見を取り入れながら進められた。

最大の課題は扱う情報量の多さだった、とアプリ開発を取り仕切った日本気象協会の小畑貴寛氏は振り返る。

「とにかくMP-PAWRから送られてくるデータ量が多いのです。短時間に広い範囲の雨雲を三次元で観測することがメリットなので当たり前ですよね。ただ、その特徴的なデータもできる限りアプリに取り入れたい。膨大な情報から必要なデータを選択し、スマホ用にカスタマイズするのが、とにかく大変でした」

データ量が増えると、処理作業が増えてスマホが熱くなったり、バッテリー消耗も激しくなる。いくら有益な情報とはいえ、ユーザーの使い勝手が悪くなるようでは本末転倒だ。

結果、目指したのは、とにかく自分の位置が分かりやすく、そして自分の上空にある雨雲がどういう状態であるかを表現することだったという。

「このアプリの特徴は一般的な平面の地図上に雨雲を表示させるコンテンツに加え、雨雲の様子を1分間隔で更新し、過去20分を遡って見られることで、雨雲の成長をリアルに感じてもらえることです。さらに3Dの断面で雨雲のスケール感が分かりやすく見られることは、画期的なサービスだと自負しています」(小畑氏)

左は「予報」画面。平面の首都圏地図の上に、今後20分間の間に降る雨を予報する。右は「実況」画面。ユーザーがいる場所の前後20分間、雨雲がどのように発生していったかを表示する

さらに都心を頻繁に移動するビジネスマンにうれしいサービスも搭載された。JR総武線(三鷹~津田沼間)と山手線、東京メトロ丸ノ内線と有楽町線の路線上の雨雲予報を見ることができるのだ。

「更新頻度は10分間隔ではありますが、上空に強い降水域が確認できた場合、それが次の更新時にどれくらい地上に近づいているかを予想、確認できます。電車で移動中にご覧いただけると便利かと思います。特に地下鉄は外の様子が分かりませんからね。目的地に着く頃に雨が降っているかどうかの目安にしていただければと思います」

左は東京メトロ丸ノ内線・銀座~赤坂見附間、右は有楽町線・東池袋~氷川台間の雨雲の様子を示したもの。地下鉄乗車中、降りる予定の駅上空の天気が分かるのはうれしい。国会議事堂などのイラストはリアルに表現されている

路線図に対応した画面を作るのは大変だったであろうと、岩波センター長は日本気象協会の苦労をおもんぱかる。

「上空の雨雲を見るとき、普通は一直線上の断面で見ます。しかしアプリのこの機能は電車の路線上で切ることになります。そのアイデアは素晴らしいと思いますよ」

小畑氏も「3次元で観測したものを、あえて2次元にするというのは思い切った判断だったと思います。情報を集約して有意義なサービスとするためには多くの工夫や改良が必要でしたが、真新しく、使い勝手の良いものになったと思います」と胸を張る。

さらなる気象予測の発展のために

また岩波センター長は、アプリのさらなる使い勝手向上のため、プッシュ通知を有効活用するアイデアがあるという。

「2018年の実証実験の際、同僚が取り組んでいた情報伝達に関わる別プロジェクトと連携して豪雨予測情報と同時に、そのとき自分がいる場所付近の飲食店のクーポンが当たるキャンペーンを行い、同意を得た上で位置情報を収集しました。クーポンを、飲食店で雨宿りするきっかけにしてもらおうと考えたわけです。しかし、この抽選への参加者が少なかった。位置情報を得るためには、『雨が降る』というプッシュ通知を受けたらアプリを開いてもらう必要があったのですが、皆さん、その一手間を行いません。この結果、逆説的に分かったことがあります。つまり、プッシュ通知で全ての情報を伝えなければならないということですね」

国家レジリエンス研究推進センターほか、さまざまな立場で多忙な日々を過ごす岩波センター長。雨雲のほかに、雷や竜巻などの予測にもチームで取り組む

では「伝えたい全ての情報」とは何か?

それは降りだした雨はその後どうなるか、ということだ。

弱い雨なのか、土砂降りなのか。その雨は何分くらい降り続くのか。そしていつ降りやむのか。

そこまで伝えることができて、初めてユーザーの行動変容が生まれるのではないかと考えているという。

「これが今後の課題ですね。降り始めの予測には自信があります。例えば10分後に強い雨が降り始めるとして、その先の10分後にやむとか、20分降り続くと言うためにはどうすればいいのか。データ処理の問題を解決したので、ことしはこの点に注目して予測と現実を比べて精度評価を行います。その結果、『安全を確保しなければいけないレベルの強い雨が〇〇分も続きますよ』と言えるようになれば、プッシュ通知を見てすぐ行動に移してもらえるんじゃないかと思うのです」

一方の日本気象協会では、ゲリラ豪雨だけでなく、近年被害が甚大化する自然災害全般に向けた目配せを向上させていきたいという。

「気象予測というのは、ターゲットにする時間帯によって手法が違います。『tenki.jp Tokyo雨雲レーダー』は長くても30分から1時間の話。次に2~3時間先をターゲットにするものがあり、1~2日レベルのものがあり、さらに週間予報があります。それらの中で今、力を入れているものが2つあります」(山路室長)

日本気象協会で技術戦略室を取り仕切る山路昭彦室長(左)と、今回リリースされた「tenki.jp Tokyo雨雲レーダー」の開発で手腕を振るった小畑貴寛氏(右)

一つは『線状降水帯の予測』だ。

SIPの取り組みの一環として、防災科学技術研究所や気象庁などが連携して開発を進行中。簡単に予測できるものではなく、機能と構造を確実なものにするために、どのような情報を獲得すればいいかというところからの見極めが始まっている。

もう一つは『台風』。

こちらについては世界最高峰の予測精度と呼ばれる「ヨーロッパ中期予報センター」を利用して、台風の進路と河川などへの影響を予測し、すでに情報提供を行っているという。

世界初の実用型「マルチパラメータ・フェーズドアレイ気象レーダ『MP-PAWR』」で、いち早く、正確な雨雲情報を得ようと実験・研究を進める防災科学技術研究所。そこで得られたデータを多くの人々に分かりやすく伝えるための創意工夫を重ねる日本気象協会。

昨年よりことし、そしてことしより来年と、よりよい気象情報を多くの人に提供するために、両者の研究開発はこれからも続いていく。

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