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自然災害の”予測・対策”新事情

適切な心構えで防災意識に変革を! 災害対策を自分ごと化する“防災ワクチンTM”とは

長岡技術科学大学と東京電力が防災・減災に関する共同研究をスタート

2020年2月、国立大学法人 長岡技術科学大学(新潟県)と東京電力ホールディングス株式会社は防災・減災に関する共同研究プロジェクトについて包括的に連携する協定を締結。その具体的な取り組みとして、5つのプロジェクトをスタートさせた。今回はその全体像と共に、5つ目のプロジェクトである「教育・組織レジリエンス向上」から生まれた“防災ワクチンTM”というアプローチについて、長岡技術科学大学大学院の上村靖司(かみむらせいじ)教授と同大学技術開発センター客員教授である、東京電力ホールディングス吉澤厚文フェローに話を聞いた。

日本における最先端の防災技術の拠点形成を目指して

2019年夏、2つの大型台風が日本列島を襲った──。

西日本を中心に上陸した台風10号、そして東日本に上陸した台風15号だ。

いずれの台風も甚大な住家被害、人的被害をもたらしたが、それはインフラについても同様。台風15号では東京電力管内において、千葉県を中心に大きな被害に見舞われた。

2019年台風15号では最大約93万戸が停電し、復旧までには約280時間(11日と16時間)を要するなど被害は長期化。近年の停電被害の中では突出する規模となった

(C)まめつん / PIXTA(ピクスタ)

「このときの反省点が大きい。自分たちの防災力を高める必要があるという声が社内から出てきたのです」

そう語る東京電力ホールディングスの吉澤厚文フェローは、「防災力を高めるためのパートナーとして協力を仰いだのが長岡技術科学大学。こちらは理論をいかに技術として社会実装するかを研究している。研究するだけではなく、スピード感を持って実践するには最適なパートナーだと考えました」と続ける。

両者がパートナーシップに関する検討を始めたのは2019年9月。そこから約半年という早さで、翌20年2月にプロジェクトが締結される。その内容は、次の6つだ。

1)防災、減災及びレジリエンスの向上
2)地域産業の振興
3)技術研究成果を活用した産業化
4)SDGs(持続可能な開発目標)の取り組み
5)教育及び人材の育成
6)その他、両者が必要と認める事項

共同研究の概念図。お互いのニーズとシーズを掛け合わせ、国内屈指の防災拠点となることを目指す

この6つの方針に基づき、具体的に下記5つの共同研究プロジェクトに取り組む。

1)自然災害対策技術
2)災害時電源確保技術
3)移動式災害対応技術
4)住民・環境支援技術
5)教育・組織レジリエンス向上

「1つ目は土木建築系の技術に関すること。2つ目は災害時における電源確保技術などを取り扱います。3つ目は被災地に必要なものを見極め、それをロボット化して援助できないかということ。4つ目は災害時に必要な電気、水、エネルギーをいかに供給するかという技術。そして5つ目はソフトウェアの開発と言い換えることができます」(吉澤フェロー)

長岡技術科学大学に設立された技術開発センターで客員教授を務める吉澤フェロー

これらの研究は2020年4月から一斉にスタートしている。

吉澤フェローは「個々の研究を進めるうちに全体像が見えてくると思っています。それらをまとめて大きなシステムを作りたい。そしていずれは、防災に関する最新技術が有機的に結合する場所に育てていきたいですね」とビジョンを描く。

壮大なビジョンに向けて動き始めた長岡技術科学大学と東京電力の防災プロジェクト。

すでにスタートしている共同研究プロジェクトの一つ、「教育・組織レジリエンス向上」から生まれた「防災ワクチンTM」という聞き慣れない言葉が意味するものをひもといていく。

防災・減災とは? 災害に対してわれわれが持つべき意識

「防災って、なんだと思いますか?」

共同研究プロジェクトの5番「教育・組織レジリエンス向上」を担当する上村靖司教授へのインタビューは、氏のそんな問いかけから始まった。

「恐らく“災害の被害がゼロになること”だと思いますよね。でも、それは現実的には無理。だから被害を減らす減災という言葉が生まれたわけです」(上村教授)

さらに現在では、復旧の時間までも含め“縮災”という言葉もある。しかし、「これらはいずれも呼び方であり、災害に対する問題意識は別のところにある」と上村教授は言う。

「社会は機械とは違います。災害によって壊れたものを修理して、ただ元のように動けばよいというものではないですよね。社会は生き物だし、それを構成しているのは人間。だから人々の意識に向き合って、防災を考えていく必要があるのです」

例えば、どんなに詳細な天気予報が発表されたとしても避難行動に結び付けなければ意味はない。それを行うのはシステムではなく、人間だ。

そこで上村教授と吉澤フェローが考えたのが、防災ワクチンTMだ。

「防災“ワクチン”を接種することで、防災を自分ごと化させる」と語る長岡技術科学大学の上村教授

ワクチンとは薬ではない。

例えば、インフルエンザワクチンは、それを体内に取り入れることでインフルエンザにかかりにくくしようというものだ。

上村教授は「薬はウイルスをやっつけるものですが、ワクチンはそれを取り入れた人をバージョンアップさせるようなものだと思います。新たなリスクに備える体を作っているわけですからね」と言う。

このワクチンの概念を防災に導入することで、人が持っている危機管理能力をアップさせようというのが防災ワクチンTMの考え方だ。

そのためには、まず「災害とは何か」をしっかりと理解する必要がある。

地震にしろ、津波にしろ、それが人の住んでいない場所で起これば災害とはならない。災害とは現象ではなく、社会との相互作用によって起こっているからだ。

例えば、大地震を現象だけで捉えると恐怖感を覚えるが、それによって自分たちの身に何が起こるかを事前に把握しておけば対処方法も検討できる。すると、災害に対する認識も当然変わってくる。

つまり、防災ワクチンTMとは“防災を自分ごと化する”ということだ。

「防災を自分の問題と捉え、主体的に、責任を持って対処できるようにする。それが防災ワクチンTMの果たしたい役割であり、このプロジェクトの根幹だと思っています」(上村教授)

防災を自分ごと化する「防災ワクチンTM

上村教授の専門は雪。雪害は地震や津波とは違い、毎年のように発生する災害である。

「例えば、岩手県滝沢市では、上の山団地というところから毎年のように除雪の苦情が役所に寄せられていたそうです。これも雪による被害を自分たちでコントロールできないから苦情という形になるわけですね」(上村教授)

ところが、今はその苦情が一件もないという。

なぜか?

団地内の住民が重機のオペレーターとなり、自分たちで重機を手配して除雪を行うようになったのだ。当初は役所から補助金を得ていたが、住民から除雪負担金を集めるようになり、今では費用面も含め自分たちだけで除雪作業を完結させている。

冬季はたびたび雪の被害に見舞われる岩手県滝沢市の上の山団地

「一方的に行政に苦情を言うのでなく、自分たちの問題として捉えて自分たちで解決する。この“毎年降る雪”こそが、上の山団地にとっての防災ワクチンTMになっているのです」(上村教授)

ある個人が自分ごと化したことが、団地というコミュニティに広がっていく。同じような例を上村教授は福島県相馬郡新地町でも経験したという。

「東日本大震災で被害を被った駅前の再開発が終わったときに訪れて驚きました。かつて家を失い仮設住宅に住んでいた誰に聞いても、行政批判が出てこないのです。普通、そんなことはあり得ません」

理由は行政の地道な努力にあった。

「再開発に向けた住民参加のワークショップを5回も実施したそうです。そこには老若男女あらゆる世代が参加。すると参加者から“自分たちの街を作り直す議論が、楽しくてたまらない”という声が出てきたそうです」

回数を重ね、プロセスを大事にすることで住民が納得できる再開発につながった。ここでは、「ワークショップを重ねること」が防災(復興)ワクチンとなったわけだ。

福島県と宮城県(伊具郡丸森町)の県境に位置する鹿狼山(かろうさん)から望む相馬郡新地町

(C)k-mat / PIXTA(ピクスタ)

では、こういった考え方はどこの街でも当てはめることができるのか?

上の山団地と新地町には災害に見舞われているという共通点があったが、被災経験のないところではどんな防災ワクチンTMがあり得るのか。

その一例を高知県幡多郡黒潮町に見ることができる。

東日本大震災後、全国で南海トラフ地震発生時の津波予想を見直した結果、黒潮町にはなんと最大34mもの津波の想定が出された。

「この想定は地元の皆さんに大変な衝撃をもたらしました。高齢者は、自分たちのことはもう放っておいてくれ、と諦めてしまったと言います」(上村教授)

ところが逃げられないという高齢者に対して、「自宅の玄関まで来てくれれば後はなんとかする」という人たちが現れたのだ。

「絶望をそのままにせず、前向きに対処しようとする姿が素晴らしい」と吉澤フェローは言う。

「34mの大波に対して玄関まで出てもムダじゃないか、と考えるのが普通。でも、そこで諦めるのではなく、できることを考えようとする。その一歩を踏み出さなければ防災につながっていきません」

言うまでもなく、黒潮町にとっての防災ワクチンTMは「最大34m」という想定だ。

そして、そのような防災ワクチンTMをあらゆる町の、あらゆる人々に接種してもらうことが、これからのミッションだと上村教授は言う。

「皆さんが不安になったり、ストレスを感じたりすることを恐れず、防災を自分ごと化するためのスイッチを入れるためにどんな刺激を与えればいいか。それをこれから考え続け、挑んでいきたいと思っています」

長岡技術科学大学は、東京電力との共同研究をきっかけに、「地域防災実践研究センター」を立ち上げることを決めた。さらにことし1月には新潟県と防災・減災に関する包括連携協定も締結し「知の実践拠点」形成を目指す。

包括連携協定を締結した花角新潟県知事(左)と東学長(2021年1月21日)

「地域防災実践研究センター」の組織と機能(案)

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