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災害の前後比較と予測に「ASNARO-2」が活躍! NECの人工衛星活用術

レーダー衛星の撮像によるSAR画像の防災貢献と衛星コンステレーションの先にある世界

災害による被害を最小限に食い止めるため、今求められているのがデータ活用だ。2018年に打ち上げられた人工衛星「ASNARO-2」が集める画像データもまた、災害対策での活用が期待されているものの一つである。レーダーによって地上の画像を生成する技術「SAR(サー)」が防災にどう役立てられるのか、NEC(日本電気株式会社) 宇宙・防衛営業本部 宇宙利用ビジネス開発部 堀内康男部長に聞いた。

発災前後の分析に活用されるASNARO-2のSAR画像

2018年1月18日、鹿児島県にあるJAXA内之浦宇宙空間観測所から打ち上げられたイプシロンロケット3号機。打ち上げからおよそ52分後、予定していた軌道上で人工衛星「ASNARO-2」が分離された。その日以降、高度505kmを秒速7.6kmで周回しながら、ASNARO-2は地球を観測し続けている。

ASNARO-2のイメージ。右側にある部分がアンテナ

ASNARO-2は元々、宇宙産業競争力強化を目的に経済産業省が立ち上げた「ASNAROプロジェクト」で開発された小型の地球観測衛星である。小型かつ高性能な人工衛星の輸出と、取得データの商用化による衛星リモートセンシング事業の立ち上げを目標の二本柱としていた。防災分野に関わるのが後者だ。同プロジェクトを担当するNECの堀内康男氏は次のように話す。

「国内の水害や土砂災害、噴火などに対して、ASNARO-2は常に緊急観測を行っています。最近でいえば、7月の静岡県熱海市で発生した土砂災害や8月の秋雨前線による大雨被害。大きな被害が出る可能性を感じたものには、可能な限り人工衛星のリソースを割り当て、画像を防災関係機関などに提供しています」

宇宙に飛び立った年に発生した2018年9月の北海道胆振東部地震の土砂災害を皮切りに、2019年の台風19号による被害なども撮像しており、正確な情報把握に貢献してきた。

ASNARO-2が撮像した2021年8月の大雨時の画像。上は広島県安芸高田市、下は長野県岡谷市

撮像に用いられるのは、いわゆるデジタルカメラではなく、SAR(Synthetic Aperture Radar;合成開口レーダー)と呼ばれるレーダー技術である。

信号処理を加えた電波を連続発射し、あたかも同じタイミングで発射されたような状態を電気的に作り出す。秒速7.6kmで移動するASNARO-2なら、電波の発射タイミングを数秒ずらすと、その間に数十km進む。結果的に直径数十kmもの巨大パラボラアンテナを宇宙空間で使っている状態になるという。

レーダー画像の規模や感度を高めるには、電波を発射するパラボラアンテナのサイズを大きくするのが手段の一つとなる。しかし、単純に巨大化させると衛星の運用などの困難が立ちはだかる。これを解決するのがSARというわけだ。

SARの仕組み。仮想的にアンテナを合成し、巨大化させることで分解能(識別能力)を上げている

災害状況の画像記録に、なぜSARが効果的なのか。それは電波の反射波によって画像化しているため、昼夜を問わず24時間撮像可能で、天気が悪くても地表面が写せる。つまり、いつ起こるか分からない自然災害に対応可能だからだ。さらに、衛星から対象物までの距離を測定するのにも効果を発揮する。

「定期的に同じ場所を測距し続けると、数カ月や年単位にわたる地盤変化がmm単位で検出できます。例えば地滑りの発生リスクが高い場所などを発見が期待できるため、防災分野では非常に有効な使い道があるでしょう」

また、こうした防災観点での記録画像は、“自主撮像”が重要になるという。実際に、これまでの緊急観測は依頼されたものではなく、ほとんどが自主的に実施されている。

「そもそも自然災害はどこで起こるか分からないですし、仮に発生しても関係者がすぐに撮像依頼を出せるわけではありません。例えば台風の進路を見て、災害リスクが高そうな地域をあらかじめ撮像しておくなど、とにかく自分たちのアンテナを高く張り、発災するか否かの段階から自主的にやらなければなりません。そうしていくとわれわれの経験値も上がり、次第に先回りができるようになると考えています」

左はSAR、右は光学センサー(デジタルカメラの技術)の画像。SAR画像は噴煙を透過し、火口までくっきりと見える

SAR画像の分析と防災利用への期待値

人工衛星によるSAR画像は、どのように使われるのだろうか。

「人工衛星による宇宙からの観測を、われわれは『鳥の目』と呼んでいます。つまり数十km、数百km四方を一望し、マクロな状況把握をすることが人工衛星の役割です。それと組み合わせるのが、ピンポイントで精度が高い情報を獲得できるセンサーなどの『虫の目』。この2種類のデータを組み合わせていくのです」

地震であれば、鳥の目で被災地域を広範囲で撮像し、山崩れをいち早く発見する。地図を組み合わせれば人家の有無が分かり、緊急性を判断することもできる。

「人家に至る道路が地滑りで寸断されていないか、橋は落ちてないかなども確認できます。人工衛星でマクロな情報を把握できれば、初動時に救出と復旧の計画を立てられる材料となるのです」

オンラインで取材に答えくれたNECの堀内氏。小惑星探査機「はやぶさ」の開発から日本の宇宙産業の発展に深く関わる

それに虫の目を組み合わせていくと、“予測の世界”に入っていく。鳥の目によって地盤変化を広範囲で測り、地盤の変化量を比較する。過大な変化があれば、現場に地盤の変位や土中の水分量を測るセンサーなどを設置し、より精度の高い監視を行うことができるようになる。

「平面としか見ていなかったものに、上からの視点を取り入れると、広範囲に、かつ事前察知がもっと容易にできるようになります。あらゆるデータと組み合わせることで、新たな価値が生まれると考えています」

NECの技術を生かす衛星コンステレーションの先

今この瞬間も何かあれば実施される緊急撮像だが、緊急とはいえ周期的に地球を回っているASNARO-2を任意に動かせるわけではない。災害が起こったとしても、人工衛星がたまたま撮像可能な位置にいなければ、残念ながらすぐに撮像することはできない。

もちろん高度505kmを飛行しているため、特定の場所を収めるだけなら、日本のような中緯度地域で2~3日に1回はチャンスが巡ってくる。ただ、全く同じ位置、同じ角度の画像を2度撮像しようとすると、完全に元の位置に戻ってくるにはASNARO-2で14日間かかってしまう。これが「回帰日数」と示される人工衛星のスペックであり、現状の課題となっている。

「当然、常時観測が理想形です。現在、この課題を解決しようとする動きが活発で、50~100kgほどの小さな衛星(ASNARO-2は約570kg)をたくさん飛ばし、観測の時間分解能(画像化にかかる時間を示す指標)を高めていく計画が世界で実現しつつある状況です」

「衛星コンステレーション(Constellation)」や「メガコンステレーション」と呼ばれるそうした計画は、米・SpaceX社やAmazon社、国内ではソフトバンクや楽天が通信衛星で実現させようとして話題になっている。SAR衛星では、株式会社QPS研究所や株式会社Synspectiveといった国内ベンチャーが動きを加速させており、複数の衛星を連動させるシステムの構築が人工衛星業界のトレンドと言える。

衛星コンステレーションには、数十~数百機、事業者によっては1000機近い人工衛星を打ち上げ、地球を常時観測する構想もある ※画像はイメージ

画像:youphoto / PIXTA(ピクスタ)

「実現したら30分に1回、世界中どこでも観測可能といった話もありますが、構想段階のものも多いので一概に全てがうまくいくかは分かりません。ただ、どれか1社でも成功し、ビジネスとして成立させられれば、衛星リモートセンシングが今できないことの垣根を一気に取り除いてくれる可能性が出てきます」

最短距離で衛星コンステレーションを実現するには、同じタイプの人工衛星をたくさん飛ばせばいい。それは人工衛星の問題ではなく、現時点の分析技術の限界に起因している。

SAR画像の分析では、「変化抽出」と「干渉SAR」という技術がよく使われる。違いはあるが、共に画像を重ねてビフォー・アフターの変化を見るもので、位置や角度など全ての撮像条件を同じにしなければ精度の高い分析結果が出ない。そろえる条件に“撮影機材”も含まれるため、人工衛星のタイプが異なるとあまり意味がないというわけだ。

2019年の台風19号通過前後(8月と10月)の多摩川を比較した写真。赤色が増水した部分。NECの子会社である日本地球観測衛星サービス株式会社(JEOSS)と一般財団法人リモート・センシング技術センター(RESTEC)の分析によって増水した多摩川の様子が確認できた

そうなると衛星コンステレーションを実現するには、特定の人工衛星を膨大に持つ必要が出てくる。参入障壁の高さは言うまでもないだろう。衛星コンステレーションとは別軸で、その先を目指そうとする動きもある。

「NECが重きを置いているのは、分析面での技術開発です。元々当社には、顔認証といったAIによる画像分析の技術力があります。それをSAR画像にも適用し、異なる機種や異なる条件で撮像された画像分析ができるようにと研究を進めています。実現できれば、何十機も持つ必要はなくなり、既に飛んでいる人工衛星を情報源にすることが可能となるでしょう」

今こそ宇宙産業活性化のチャンス

ビッグ・テックやベンチャーが現実的なビジネスを見いだし、加速させている宇宙産業市場。今後のSAR画像市場の拡大にも期待したくなる。

「正直、まだまだ小さいです。2020年時点で、200~300億円程度。それが防災だけでなく、陸海空のモニタリングなどあらゆる利用方法を含んだ世界のレーダー衛星画像マーケットです。分析レポートや付加価値サービスを入れても、世界中で1000億円は超えません」

マーケットは小さいとはいえ、NECもさまざまな可能性を模索しているという。橋梁(きょうりょう)など大規模な構造物の変化をモニタリングする「インフラモニター」もその一つだ。

「ちょうど日本では高度経済成長期ごろに建設されたたくさんのインフラが、修理を必要とする時期に入っています。それを端から順番に全部やっていったら膨大な費用と手間がかかる。どの橋が一番劣化していて、緊急性が高いのかを判断していこうとしています」

2019年の台風19号による千曲川流域の橋梁崩落も記憶に新しいが、台風や大雨、地震などの自然災害が、昭和生まれのインフラに最後の一押しをする可能性は大いにある。宇宙からの点検で、国内の「予防保全」をしていくのだ。

「とはいえ、人工衛星のデータだけで全てが分かるわけではありません。さまざまなデータをどう組み合わせれば最短距離でゴールにたどり着けるのか。今後はデータサイエンスが大事になると思っています。ただ、今はとにかくたくさん集めること。それに尽きます。集めてためておけば、先々に別の誰かが新しい発想や技術で価値を発見してくれるかもしれない。記録し続けるのには、そういった期待もあります」

観測し続けることが将来的に意味を持つ ※画像はイメージ

最後に、はやぶさの開発など、長年にわたって宇宙産業に深く関わってきた堀内氏が、今の時代への期待について話してくれた。

「この数年間で、宇宙産業の構造は大きく変わってきました。政府系にほぼ限られていた宇宙への投資が、ベンチャーの出現によって民間資金が大きく流れ込むようになっています。これは単純にお金だけの話ではなく、人材にもいえます。民間の柔軟な発想や新しい頭脳が入ることで宇宙産業そのものが大きく活性化する。今はそういうチャンスだと思っています」

まさに具体化しているのが、衛星コンステレーション計画になる。実現の先にあるのは、データ量の爆発的増加だ。

「メガコンステレーションによって爆発的にデータ量が増え、それをさばくための分析技術も大きく進歩したとき、人工衛星の画像はビッグデータの一つになり得ます。また、自然災害に関わる温暖化のメカニズムを解明していく上で、重要になるのが海洋の観測です。広大な対象を観測できる人工衛星が果たす役割は非常に大きい。今後、宇宙をどう使っていくかがポイントとなるでしょう」

宇宙を周回する鳥の目に、地球や日本はどう写っているのか。地上の安全を、空を飛び回る膨大な人工衛星と宇宙から届くビッグデータが守ってくれる日の訪れを楽しみに待ちたい。

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