1. TOP
  2. 特集
  3. CO2を海中に取り込むブルーカーボンの可能性
  4. “ブルーカーボン・クレジット購入”という新たな試み! 商船三井が「Jブルークレジット」に参入する理由
特集
CO2を海中に取り込むブルーカーボンの可能性

“ブルーカーボン・クレジット購入”という新たな試み! 商船三井が「Jブルークレジット」に参入する理由

海洋・沿岸生態系が吸収した二酸化炭素(CO2)を対象としたクレジットを購入し、同社グループの電気推進タンカーが排出したCO2とオフセット

藻場や沿岸領域などの海に存在する吸収源へ取り込まれたCO2由来のブルーカーボン。日本でも自治体や有志の団体によって沿岸の環境を守り育てる取り組みが数多く実施され、こうした活動によって吸収されたCO2の排出量をクレジットとして認証・販売する動きが出てきている。今回はクレジットを購入した株式会社 商船三井にインタビューを行い、海運業界を取り巻くSDGsの概観と共に、ブルーカーボンに着目した背景を探る。

海洋生態系の再生によって吸収されたCO2を売買

CO2の排出削減は、世界が直面する大きな課題の一つだ。

2030年の削減目標や、2050年のカーボンニュートラルを実現するためには、現在取り組んでいるCO2排出を減らし、ゼロにするゼロ・エミッションだけでなく、吸収源への吸着や固定によって大気中から取り除くネガティブ・エミッションへの取り組みが欠かせない。

このネガティブ・エミッションの手段の一つとして世界で注目を集めつつあるのが「ブルーカーボン」だ。

そうした中、ブルーカーボンを用いたカーボンオフセットの仕組みづくりや関連技術の研究開発などを行うジャパンブルーエコノミー技術研究組合(JBE)は、藻場や湿地といった沿岸領域の環境保全を行うプロジェクトなどによって大気中から吸収されたCO2量を独自の「Jブルークレジット」として認証し、企業などへ販売する実験的な取り組みを行っている。
※ネガティブ・エミッションに関連する記事:「ネガティブエミッション技術」を3分解説!

2021年度の総計約65トンの発行クレジット量のうち約11トンのクレジットを商船三井が購入した ※CO2e = CO2(carbon dioxide)equivalentsの略。二酸化炭素換算の数値

出典:商船三井「Jブルークレジット プロジェクトおよびクレジット詳細」

2021年には4つのプロジェクトが認証を受け、商船三井はこのうち公募のあった3つのプロジェクトによって発行されたJブルークレジットの一部を購入した。

こうしたブルーカーボン事業をスタートさせたのは商船三井のエネルギー営業本部 エネルギー営業戦略部に所属し、カーボン事業チームのサブチームリーダーを務める香田和良(かずら)氏だ。

MBA(経営学修士)在学中から海洋と気候変動に関する事業検討を行ってきた香田氏

「弊社は海を足場に発展してきた企業であり、海洋環境保全は会社としても非常に重視しているテーマです。こうした海洋環境の保全に取り組んでいる団体やプロジェクトを支援させていただけるということもあり、クレジットの購入へと踏み切りました」(香田氏)

JBEの発足は2020年。ブルーカーボンによるネガティブ・エミッションという考え方は世界でもまだ新しいもので、日本の排出削減目標でもCO2の吸収源としてはまだ含まれていない。

ブルーカーボンを陸上の植物などが貯留したCO2である「グリーンカーボン」と並ぶ存在とするために、JBEのような組織が中心となり、認知度の向上やクレジット発行量の増加に向けた取り組みを行っているというのが、日本におけるブルーカーボンの“現在地”だという。

「海」をキーワードに、ブルーカーボンの大きな可能性に期待

事業提案を行った香田氏は、ブルーカーボンに着目した背景について、「自身の思いと企業としての責任、社会ニーズの交わったポイントがブルーカーボンだった」と語る。

「弊社は海と関わりの深い企業であることに加え、現時点ではCO2を排出せざるを得ない企業でもあります。私自身や他の社員が個人として海に愛着を持っていることだけでなく、一企業としての課題である脱炭素、ひいては社会への還元につなげられるのではと感じ、ブルーカーボンを扱う事業を提案しました」(香田氏)

今回の「Jブルークレジット」購入に先んじて、同社ではインドネシアにおけるマングローブ林の再生・保全事業にも取り組んでいる。

ブルーカーボンが吸収源として日本ではまだ公式に認められていないというのは前述のとおりだが、それでは商船三井にとってブルーカーボン事業とはどのようなメリットがあるものなのだろうか。

香田氏から提案を受けた立場でもある同社執行役員の一田朋聡(いちだ ともあき)氏は当時を振り返ってこう語る。

執行役員を務める一田氏。電気推進船の開発や普及促進、海運のDXに取り組む企業である株式会社 e5ラボの代表取締役社長という肩書も併せ持つ

「香田からブルーカーボンというワードを聞いたときには、私自身もまだ深い知識を持ち合わせていませんでした。例えば、陸地で森林を増やしてCO2の吸収量を増やすというグリーンカーボンは知っていましたが、海でも同様のことができるというのはこのときに知ったのです。海で物を運んでお客さまや社会に価値提供をしているわれわれにとって、脱炭素の手法の一つとして非常にマッチしていると感じました」(一田氏)

商船三井が発表したサステナビリティ計画「MOL Sustainability Plan」の一部。2050年ネットゼロ・エミッションを掲げる企業も増えている

出典:商船三井「サステナビリティ課題(マテリアリティ)」

さらに、2021年6月に更新された「商船三井グループ環境ビジョン2.1」も追い風となった。

このビジョンに盛り込まれたネットゼロ・エミッションに直結する点において、ブルーカーボンにも期待が寄せられたという。

脱炭素と労働環境。電気推進タンカー「あさひ」がもたらす海運への新たな可能性

「Jブルークレジット」は、購入した量に応じて自社の排出量とオフセットすることもできる。

商船三井では株式会社 e5ラボが企画・開発し、グループ企業である旭タンカー株式会社が新造した電気推進タンカー「あさひ」の回航時に排出するCO2と、今回の「Jブルークレジット」をオフセットしたという。

2022年3月に竣工した電気推進タンカー「あさひ」。環境負荷の低減に加え、操作の簡易化によって船員への負担軽減も期待される

「あさひ」は燃料に重油などを使わず、再生可能エネルギー由来の電気を使用したバッテリーで駆動する、ゼロ・エミッションを実現した船だ。

竣工地から給電地までの回航時に排出したCO2を、「Jブルークレジット」で9割ほどをオフセットした。

「あさひ」に搭載されたバッテリーは3480kWh。一般家庭の1日の消費電力に換算すると450世帯分の電力を賄うことができる大容量バッテリーだ

(C)photos by Ryosuke SATO + ICHIBANSEN/nextstations

電気推進タンカーが寄与するのはCO2の排出削減だけではない。

バッテリー駆動になったことで大規模なエンジンルームが不要になり、船内の限られたスペースを船員の労働環境改善に充てられるようになった。

大量の機械を積み込んだ機関室を必要としない「あさひ」の居住空間は、従来の船室が持つ「狭い・暑い・うるさい(エンジン音)」といった概念を覆した

(C)photos by Ryosuke SATO + ICHIBANSEN/nextstations

(C)photos by Ryosuke SATO + ICHIBANSEN/nextstations

「内航船員の平均年齢は年々上昇しており、70代でも現役で勤務している方がいらっしゃいます。反対に若い世代にはなり手が少なく、内航海運業は国内物流の約45%を占めているにもかかわらず、人手不足に直面しています。電気推進タンカーはこうした問題へのアンサーにもなり得ると考えていますし、これからも増えていくと見込んでいます」(一田氏)

ブルーカーボンの拡大や技術革新にも注視

ブルーカーボンを活用したカーボンニュートラルへの挑戦はまだ始まったばかりで、制度の拡充が待たれる部分も大きい。

最後に、ブルーカーボンがもたらす社会への可能性について聞いた。

「『Jブルークレジット』のような取り組みに参加し、それを発信することで、取り組みに共感する企業や地域の輪を広げ、社会全体の脱炭素への取り組みを加速させていきたいと思います。また、海洋環境が改善されることは単純に脱炭素だけではない効果も。環境の保全や改善の結果、海洋生態系が豊かになれば、それらを活用した観光業や教育、アクティビティといった地域活性化の可能性も見えてきます。港をタッチポイントとしてさまざまな地域と深く関わる弊社だからこそ、いろいろな面から地域の海洋環境を守る支援をしていきたいと考えています」(香田氏)

「CO2排出に関して責任を負っている一つの企業が取るべき行動はこうした小さなステップを積み重ねること。それができる企業だけが選ばれる時代に変化している」と、香田氏と同じチームでチームリーダーを務める上田陽介氏も続ける。

ガスや燃料などエネルギーに関する幅広い調査業務を行っている上田氏

「2050年のネットゼロ・エミッションの実現には、『Jブルークレジット』のような試験的な取り組みだけでなく、技術の介入や拡大も不可欠です。企業の目線からは税制上の優遇がない、補助金がないなど負担に感じられることも多いかもしれませんが、見方を変えるとこれまではこうした問題に光が当たっていなかっただけとも言えます。今や気候変動の影響などは世界的にも無視できない状況ですし、社会の目も企業の動きをしっかりと見ている。CO2排出や労働環境改善にしっかりとコストをかけ、状況をより良くしていくことが、これから取り組むべき課題であると感じています」(上田氏)

海を舞台に事業を展開してきたからこそ、海を通して社会へ新たな価値を還元したい──。

JBEによる検証や実験を経て、「Jブルークレジット」に参画するプロジェクトや、これらのクレジットを購入する企業が増えて社会へと広がっていくことへの期待感も大きい。

カーボンニュートラルは容易に達成できる目標ではないものの、ネガティブ・エミッション実現への足掛かりとして、グリーンカーボンに続く新たな可能性でもあるブルーカーボンには今後大きな期待が寄せられそうだ。

この記事が気に入ったら
いいね!しよう

Twitterでフォローしよう

この記事をシェア

  • Facebook
  • Twitter
  • はてぶ!
  • LINE
  1. TOP
  2. 特集
  3. CO2を海中に取り込むブルーカーボンの可能性
  4. “ブルーカーボン・クレジット購入”という新たな試み! 商船三井が「Jブルークレジット」に参入する理由