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炭素排出量取引の指標

目標達成率99%! 工場に二酸化炭素を排出させない埼玉県の制度設計

義務、罰則がなくても二酸化炭素の排出量削減を推進させる「目標設定型排出量取引制度」とは

まさに今、国が推進し始めた排出量取引制度だが、実は埼玉県では10年以上にわたり、大規模事業所に対して二酸化炭素の排出量取引制度が実施されている。特に注目すべきは、削減目標を達成できなかった場合の罰則規定などがないにもかかわらず、ほとんどの事業所が目標を達成しているという事実だ。その理由は何か。国内での排出量取引制度はどのように運用されているのか。制度運用を担う埼玉県 環境部 温暖化対策課に詳しく聞いた。

罰則を設けない排出量取引制度にしたのはなぜ?

世界的に見ると少し遅れ気味な感が否めない、日本の排出量取引。

実は国としては、2009年に「地球温暖化対策を強力に推進する」などとしたマニフェストを掲げて政権交代を果たした民主党政権(当時)によって、二酸化炭素など温室効果ガスの排出量取引制度の導入が検討されたことがある。しかし、この時は結果として実現には至らず、2010年に取り下げられていた。

その後2015年のパリ協定などを経て社会も変わり、国も「GXリーグ」を推進することで排出量取引を導入する動きを見せつつある。

>>「GXリーグ」についての記事はこちら『中国の市場が世界一に。EUでは新制度導入。日本は? 世界で加速する炭素排出量取引』

しかし、国よりも早く、既に制度を運用している自治体がある。東京都、そして埼玉県だ。

「制度の対象となる事業所の要件や二酸化炭素排出量の算定方法は可能な限り東京都の制度と同一にしています」

そう話すのは、埼玉県 環境部 温暖化対策課の深野成昭課長。埼玉県も東京都も、原油換算エネルギー使用量が1500kl以上の事業所を制度の対象にしている。これは、病院で換算すると病床数が500床以上規模の事業所が該当する。

オンライン取材にて、「埼玉県は、1990年代から本格的に地球温暖化対策に力を入れてきました」と語る深野課長

その他、細部までルールを共通にすることで、県境を越えて東京都の事業者とも排出量取引ができるようにし、事業者の利便性も高めている。同時に、制度設計時の行政側の負担も減らすことができたという。

埼玉県は、東京都の排出量取引制度と基本的なルールを統一させている

提供:埼玉県 環境部 温暖化対策課

「ただ、埼玉県と東京都では事業者の状況が完全に同じではありません。東京都では対象の事業所の約8割が業務に用いられるビルであるのに対し、埼玉県は約7割が工場で、さらにはセメント製造のように東京都にはない工場も多数存在します」

深野課長はこのように指摘する。さらに、埼玉県と東京都では、同じ時期で比べても事業所に課された削減目標は異なっている。

削減目標(目標削減率)は埼玉県と東京都との間で差が生じている

提供:埼玉県 環境部 温暖化対策課

現時点の削減目標(第3削減計画期間:2020~2024年度)を見ても東京都ではオフィスビルは27%の削減目標であるのに対し、埼玉県では22%。両都県がそれぞれ設定している削減目標から逆算して事業所の削減目標が算出されているため、実情によって差が出るということだ。

それだけではなく、もっと大きな違いがある。制度を運営する同課計画制度・排出量取引担当の地形祐司主幹は次のように話す。

「一番の大きな違いは、東京都では削減目標を達成できなかった事業者に対して罰則を設けているのに対し、埼玉県では罰則などの規定を設けていないことです」

埼玉県での排出量取引制度の削減目標は、「達成しない場合も条例上の罰則を設けていません」と語る地形主幹

このため、埼玉県の制度は「目標設定型排出量取引制度」と呼ばれている。設定された目標に任意に取り組み、目標を達成しなかった場合の罰則はない。これは世界的に見ても珍しい制度だという。なぜこのような制度にしたのか。

「実効性のある制度にするためには、経済界の理解が不可欠です。実効性を担保しながら経済界から理解を得られる仕組みにするには、どうしたらいいか。検討を重ねて採用されたのが、罰則のない制度でした」(深野課長)

「東京都はまさに『都心』なので、ある程度制度を厳しくしても企業が離れていくということは考えにくい。しかし埼玉県では制度を厳しくし過ぎると他県への流出が起きかねません。その点にはやはり気を使いました」(地形主幹)

埼玉県でのクレジット運用実態

世界的に珍しい制度以上に驚くべきなのは、罰則がないにもかかわらず、ほとんどの事業者が削減目標を達成していることだ。

2011~2014年度の第1削減計画期間では、99%の事業者が削減目標を達成した

提供:埼玉県 環境部 温暖化対策課

2011~2014年度の第1削減計画期間で対象となる事業所の数は608。そのうち自力で目標を達成した事業所は533で、さらに66事業所が排出量取引を行うことで目標を達成し、その達成率はなんと99%にも及ぶ。なぜこれほど達成率が高かったのか。

「一つ考えられるのは、罰則は設けていませんが、制度対象の事業所の達成・非達成を公表していることです」(深野課長)

「非達成の場合に公表されるのが嫌という考えもあるとは思いますが、それ以上に地球温暖化に対する対策をきちんと行っていると示すことができる点に価値を感じていただいているのかなと思っています」(地形主幹)

埼玉県の排出量取引制度では、削減期間が4~5年で設定されていて、その後に約1年半の整理期間が設けられている。

削減期間内の平均削減量が目標達成できなくても、整理期間内に排出量取引を行って目標達成ができるという仕組みだ。前述の第1削減計画期間では、66事業所が超過削減を達成した事業所などからクレジット(削減量に相当する権利)を購入、あるいは譲り受けるなどの取引を行ったことになる。

このクレジットの取引だが、具体的にはどのように行われるのだろうか。

「埼玉県ではクレジットの管理、つまり二酸化炭素の削減量の管理を行っており、銀行と同じように記録簿のことを『口座』と呼んでいます。ただし、クレジットの売買や譲渡などの取引に関して県は一切関与せず、事業者同士で自由に行ってもらっています」(地形主幹)

埼玉県の排出量取引におけるクレジット売買のイメージ。県は口座管理と申請処理を担当する

提供:埼玉県 環境部 温暖化対策課

「口座」と呼ぶと銀行口座のようにお金の出し入れを想像してしまうが、埼玉県が行っているのはあくまで二酸化炭素削減量の管理になる。事業者同士が直接取引を行い、クレジットを受け取る事業者が、その数量を埼玉県に申請することで、「口座」内のクレジットも移動する。クレジット売買なら、金銭は事業者同士で授受することになる。

「これは排出量取引制度の根幹の考え方になりますが、そもそもクレジットの価格は決めるべきではなく、あくまで自由な価格で取引してもらうことが大切だと考えています。クレジットの供給が減ってくると、その分価格は上がります。そうなれば新たな削減対策を検討して、自力削減を目指した方が割安ということになります」(地形主幹)

逆もまたしかりだ。

「クレジットが余ってくると、自力で減らすよりも買った方が安いということも起きます。先に削減すべき目標があり、その達成に向かって自動的に市場がクレジットの価格を決めていくのが排出量取引制度の本質。ですので、制度を管理する行政側で価格を決めてしまうと間違いになるわけです」(地形主幹)

目的は二酸化炭素の排出量削減であり、排出量取引制度はその手段だというわけだ。

「マーケットをいかに活用して、埼玉県全体として二酸化炭素の排出量削減を図るか。それが、この制度を導入した理由です。誰かが排出量を減らす代わりに別の誰かがそれをクレジットとして購入することで、社会全体として二酸化炭素排出量削減にかかる費用が最小化されます。その点がメリットになっていると考えています」(深野課長)

経済活動をいかに止めず、全体で二酸化炭素排出の削減目標を達成するか、ということが制度の本質なのだ。

排出量取引制度が全国各地に広がる未来

順調に運用されているように見える埼玉県の目標設定型排出量取引制度だが、当然ながら課題も残されている。

一番大きいのは、運用サイドの人員問題だ。東京都では東京都 環境局 地球環境エネルギー部 総量削減課という課を設け、相応の人数で制度運用に当たっているが、埼玉県では地形主幹が所属する、温暖化対策課の中の計画制度・排出量取引担当という一部署で制度運用を担っている。

「常勤と非常勤の職員合わせて、計15名です。現状の制度を運用していくのに精いっぱいで、なかなか新しいサービスの設計などにまで手が回らないのが正直なところで、もう少し人手が欲しいと思うこともあります」(深野課長)

他の都道府県や市町村でも、排出量取引の導入を考えた際にネックになるのは、やはりマンパワーだという。一方ではこんな意見もある。

「確かに人員が必要なのですが、実際に運用してみると、人件費以外のコストはほとんどかからない面もあります」(地形主幹)

しかしながら埼玉県の排出量取引制度は他の都道府県から見ても参考になる部分が多いようで、視察に訪れる他自治体の職員もいるという。

「昨年は、ロシア政府ともオンラインで意見交換をしました」(深野課長)

「ロシアではサハリンで制度を導入する前提で、既に制度設計にも入っていると聞いています」(地形主幹)

2050年カーボンニュートラルを実現するために、自治体も今後一層の二酸化炭素排出量の削減が求められる。制度導入を検討している自治体関係者もいるはずだ。

「地域によって産業構造や事業者との信頼関係には差があると思います。埼玉県の場合は2002年度に環境負荷低減計画書制度を導入してから、地域の事業者の皆さまと長年信頼関係を築き上げてきましたし、東京都としっかり連携して排出量取引制度を導入してきました。これをモデルケースにしていただければ、もっと全国に広がっていくのではないかと感じています」(深野課長)

あらゆる産業界で思案される脱炭素化に対し、自治体の支えは大きい。埼玉県が続ける排出量取引制度は、今後のモデルケースの一つとなりそうだ。

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