特集
カーボンニュートラルのいろは

「カーボンニュートラル」って何?脱炭素社会に生きるための基礎知識

炭素をゼロにする地球全体のミッションのために知っておきたいこと

頻発する異常気象の原因の一部とされる地球温暖化。世界の国々が一つとなって対策を講じる中、温暖化の原因となる二酸化炭素(以下、CO2)濃度の上昇を抑制する「カーボンニュートラル」という概念が、一つの軸として扱われている。そこで、九州大学にある世界的な専門研究機関に、カーボンニュートラルとは何か、そして今期待されている取り組みを聞いた。

大気中の炭素濃度を安定させるカーボンニュートラル

今回訪れたのは、「九州大学カーボンニュートラル・エネルギー国際研究所」(以下、I2CNER:アイスナー)。福岡市の西部に位置する九州大学伊都キャンパスの一角にある。ここでは、カーボンニュートラル・エネルギー社会の実現に向けて、光エネルギー変換分子デバイス研究部門、水素適合材料研究部門など8つの研究部門と、産学連携研究群がさまざまな取り組みを行っている。

九州大学のI2CNER。今、世界中から注目を集めている

そもそも「カーボンニュートラル」とは何か。

地球上の炭素(カーボン)の総量に変動をきたさない、CO2の排出と吸収がプラスマイナスゼロになるようなエネルギー利用のあり方やシステムの社会実装を指す概念だ。

「皆さんもご存じの通り、大気中にはCO2がたくさんあります。CO2というのは、すなわち炭素(C)の酸化物です。この炭素酸化物、CO2の大気にたまる量が増えることが、地球温暖化の原因として問題視されているわけです。ただ、実は炭素というのは、大気中に限らず、地中や地表、水中にも存在します。例えば地中にあるのは、石油、石炭、天然ガスといった化石燃料。また、地表には森林があります。これらの炭素プール(炭素の貯蔵庫)は、地表、海、大気で炭素は循環するものの、それぞれの量は安定しています。また、地中の炭素は人間が掘り出さなければ、固定されたものとして他の炭素プールに影響を与えません」

そう話すのは、I2CNER全体の方向付けをする、エネルギーアナリシス研究部門の板岡健之教授だ。

I2CNERの板岡教授。カーボンニュートラルに向かう社会の旗振り役として活躍している

「しかし、化石燃料の使用によって、固定されていた炭素をエネルギーとして利用して大気に放出しているため、大気の炭素濃度が上昇し、温暖化を引き起こしているのです。人間による化石燃料利用を別とすれば、炭素は生物の呼吸、有機物の燃焼、腐敗などによってCO2の形で大気に放出されていますが、植物は光合成によってCO2を吸収し、海も大気と接することでCO2を吸収しています。これらの排出量と吸収量が等しく、元のバランスが変わらないようにすることが『カーボンニュートラル』です」

例えば、植物は光合成によって少なくとも成長期はCO2を吸収し続けるが、やがて成長が止まるとカーボンニュートラルの状態となり、さらに枯れて腐敗するとCO2の排出源になっていく。ただ、植物が取り込んだCO2は、もともと大気にあったもの。その植物の生涯を見れば、カーボンニュートラルの状態と言える。

この考え方は、人間が植物をバイオマスエネルギーとして燃焼利用した場合も同じだ。

図)I2CNER資料をもとに作成

また、出発点をどこに設定するかでも、カーボンニュートラルの考え方は少し変わる。

前述の場合は、“植物がCO2を取り込むところ”を出発点と考えているが、“植物が地表に生えている状態”を出発点にすると、それを刈り取って燃焼利用した後、利用した分だけの量を植林するなどして、やっとカーボンニュートラルとなる。

「ですから、CO2の排出量が等しく、実際に大気中のCO2の増減に影響を与えない=炭素が±0となればカーボンニュートラルな状態だと言えます。これは、近年耳にするようになった、気候や環境に悪影響を及ぼす物質を排出しない『ゼロエミッション(ゼロ排出)』とほぼ同義。つまり、太陽光発電や風力発電といった再生可能エネルギーは、少なくとも運転中はカーボンニュートラルということになります」

今、日本の年間CO2排出量は、約12.9億t(2017年/国立環境研究所調べ)。日本は、中国、アメリカ、インド、ロシアに次いで世界で5番目に排出量の多い国(2016年/国際エネルギー機関調べ)となっている。こうした状況に警鐘を鳴らし、CO2排出量を減らし、大気中のCO2濃度安定(=カーボンニュートラル)のための施策や技術を検証・開発研究しているのが、I2CNERなのだ。

「I2CNERが主に研究するカーボンニュートラルの仕組みには、太陽エネルギーを利用する太陽光発電や、太陽光水電解のほか、『CCS(Carbon dioxide Capture and Storage)』と呼ばれるものがあります。化石燃料が燃焼した際の排出ガスからCO2を分離・回収して、地中に貯留する技術です。I2CNERでは、高効率なCO2の分離技術の開発、CO2をCO、メタノール、エチレンなどの有用物質に転換する研究のほか、CO2を地下に安定的に貯留するためのモニタリングや研究も行っています」

図)I2CNER資料をもとに作成

※「CCSの実力」詳しくはこちら

カーボンニュートラルでパリ協定は実現可能?

2015年12月、産業革命以前と比較し、世界の気温上昇を2℃未満、できれば1.5℃未満に抑えることを目標に定めた「パリ協定」が採択された。これを実現するため、日本を含む主要先進国は、2050年に温室効果ガスを80%削減するという高い目標を掲げている。世界の国々がカーボンニュートラルなどを推進、持続していけば、たしかに実現できることなのかもしれない。

「いや、全く対応が間に合っていません。カーボンニュートラル、ゼロエミッションの技術の普及は、パリ協定で期待されているほど進んでいないので、もうそれだけでは済まなくなっていると言われています。そのうちCO2の排出量が減少していき、大気のCO2濃度が安定していっても、その濃度レベルの気温上昇と気候変動影響は、われわれが許容できるものとは程遠いのです」

現実に、パリ協定が発効した2016年以降も、世界の温室効果ガスの排出量は増加し続け、気温上昇は予測値の曲線より高い水準で推移。2019年9月には、フランス国立科学研究センターが、世界の平均気温は21世紀中に最大で5.8℃上昇するという予測を発表し、世界に衝撃を与えた。「気温上昇を産業革命以前の1.5℃未満に抑えるという目標実現はかなり厳しい」と板岡教授は見ている。

「そこで注目しているのは、『BECCS(Bioenergy with Carbon Capture and Storage;CO2回収・貯留(CCS)付きバイオマス発電)』という技術です。これはカーボンニュートラル、つまり大気中のCO2排出量をゼロではなく、マイナスにする『ネガティブ・エミッション技術』の一つです」

BECCSは、CCSとバイオマスエネルギーの燃焼利用を結び付けた技術だ。生物由来のエネルギーであるバイオマスで大気中のCO2をつかまえ、それを燃焼した際に排出されたCO2を回収し、貯留する。これにより大気中のCO2を純減させることが可能になるという。

図)I2CNER資料をもとに作成

「現状を打破するためには、省エネ対策もやりながらカーボンニュートラルもやる。それで間に合わなければ、ネガティブ・エミッションもやる。目標を達成するためには、いろいろなやり方が必要になります」

実は、バイオマスに頼らず、吸着剤などで吸収し、大気中のCO2を直接減少させる技術も既に実現している。これもまた、ネガティブ・エミッション技術の一つだ。

「『DAC(Direct Air Capture;直接空気回収)』という技術で、これを実用化した会社が海外にありますし、I2CNERの中にも取り組もうとしている研究者がいます。1tのCO2をつかまえるコストは、いずれ100ドルを切ると言っていて、将来は80ドル、70ドルまで下がる可能性もあります。問題は、そのコストを誰が負担するかということです」

技術は日々進歩しているが、それを支え、さらに進めるためにはコストがかかる。今直面している課題はそこだ。

地球規模の課題をどう乗り越えるか

「結局、われわれ市民あるいは社会全体で最終的にお金を出して負担することを覚悟しなければなりません。例えば、『カーボンプライシング(炭素の価格付け)』。炭素を排出した分、お金を払うという仕組みです。たとえ産業界が直接負担したとしても、市場の仕組みによって最終的には市民が負担することになります。

しかし、炭素価格を負担する排出者は、排出削減対策を行えば払う金額が少なくなる。効率的に炭素排出削減行動をすることによって、負担を少なくしようとするインセンティブが生まれます。それにより、対策への投資が進み、カーボンニュートラルに向けた経済行動を積極的に取るようになるだろうというのが、カーボンプライシングの理論的な考え方なんです。

日本なら、将来のCO2排出削減コストは、1t当たり年間で1万円くらいかかる可能性があります。一般的に、日本で1人のCO2排出量は年間10tくらいなので、年間10万円の負担になりますね。負担ばかり言っていますが、それだけのお金が世の中に回るということですから、温暖化対策が進むといった本来の効果やエネルギー費用節約のメリット以外にも、新たな産業がつくられて経済が活性化するという面もあります」

I2CNER、エネルギーアナリシス研究部門が中心となって作成された日本における「カーボンニュートラル」社会のビジョン。実現するためには、生産するエネルギー業界から、供給方法、利用する国民、産業など、あらゆる場での改革が求められる

画像提供)I2CNER

カーボンニュートラルの推進やネガティブ・エミッション技術の進歩に限らず、企業などの取り組みにも注目が集まれば、日本でも今後、市民がコストを負担する環境が、次第に整うのではないだろうか。

「先進国の市民は、温暖化対策に必ずしも前向きになれるとは思えません。インセンティブを感じにくいですから。温暖化対策の恩恵を最も享受する人、すなわち最も温暖化の影響を受けやすいのは、未来の途上国の人です。次が現代の途上国の人と将来を生きる先進国の子孫。最後が先進国に現在住んでいるわれわれなんです。

若い人はある意味将来の世代ですから、それだけ被害を受けやすいわけで、現代の世代に対策を急げと言う権利があります。それが最近、急に運動として現れてきた印象です。また、気候変動の原因の100%がCO2とは言えないかもしれませんが、昨今の自然災害などの影響もあって、世界中で危機感が高まっていることは確かです。早晩進めなくてはならないというのが、先進国、途上国も含めて一致してきています」

経済発展のために、CO2排出量がどんどん増えている途上国がどこまで寄り添ってくれるのか。また、そうした途上国を含む他国と価格競争を強いられる日本の産業界がどこまで努力できるのか。CO2の大幅排出削減に至る道のりには、課題が山積みだ。

「そんな中でも、世界を見れば、ノルウェーやデンマークのように再生可能エネルギーを大きく利用することでCO2排出量をどんどん減らしている国もあります。環境や状況など条件に違いはありますが、かなりの努力と覚悟を持って臨めば、できないことではないはずです」

現実には、地球温暖化とそれに伴う異常気象や災害は、われわれの生活を脅かし始めている。一人一人が覚悟を決めて、地球温暖化対策に積極的にコミットしなければならない局面は、既に来ているのだ。

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