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炭素排出量取引の指標

フライト分だけ環境貢献! 航空業界で進むカーボンオフセットプログラム

搭乗した航空便が排出したCO2を乗客自ら埋め合わせできる「JALカーボンオフセット」とは

全世界の二酸化炭素(以下、CO2)排出量の約2%を占めると言われる、航空業界。国内の航空会社も手をこまねいているわけではなく、2050年カーボンニュートラルの実現に向けて省燃費機材やSAF(持続可能な代替航空燃料)の調達・開発などを進めている。こうした事業による直接排出を削減する取り組みを進める一方で、利用する旅客に向けて提供しているのが、搭乗した航空便が排出したCO2を乗客自ら埋め合わせできる「カーボンオフセット」だ。どのような仕組みなのか。2009年からこのプログラムを開始している日本航空株式会社に詳しく聞いた。

航空便が排出したCO2を旅客自身が埋め合わせ

世界中の空を飛び回る航空機は、もはや人類にとってなくてはならないものだろう。

しかし、航空機が空を飛ぶには当然多くの燃料が必要になる。各国の空港には国内線と国際線がそれぞれ就航しているが、全てを合わせると航空業界が排出するCO2排出量は、全世界で排出されるCO2量の約2%。

2%と聞くと少ないように感じるかもしれないが、利用シーンが限られることを考慮すると、決して小さい数字ではない。

国土交通省の発表によると、日本国内のCO2排出量に限ると、航空業界の割合はそのうちの約5%に相当するという

提供:日本航空

そのため、航空業界では現在のように世界規模でCO2排出削減の機運が高まる前から対策を始めていたのだが、その取り組みの一つに「カーボンオフセット」がある。

その名の通りカーボン(炭素。この場合はCO2)をオフセット(埋め合わせ)することを意味していて、環境省のサイトではカーボンオフセットを次のように定義している。

「日常生活や経済活動において避けることができないCO2等の温室効果ガスの排出について、まずできるだけ排出量が減るよう削減努力を行い、どうしても排出される温室効果ガスについて、排出量に見合った温室効果ガスの削減活動に投資すること等により、排出される温室効果ガスを埋め合わせるという考え方」

CO2の排出量取引を行う上での考え方や行動そのものを指し示す言葉だと言えるだろう。

国内では日本航空(以下、JAL)が2009年から「JALカーボンオフセット」として、この仕組みを導入している。同社総務本部 ESG推進部 企画グループの大津道子マネジャーは、次のように話す。

大津マネジャーの部署では気候変動以外にも、脱プラスチックや食品ロスなどの課題解決に向けての推進も行っている

「ご搭乗いただく航空便が排出するCO2をお客さまが直接埋め合わせることはできませんので、どこか別の場所で行われたCO2の削減や吸収のプロジェクトに寄付することで、間接的に埋め合わせていただけるというプログラムになっています」

「JALカーボンオフセット」のウェブサイト

提供:日本航空

航空業界におけるカーボンオフセットは、乗客が搭乗した航空便の区間、座席のクラスに応じて排出したCO2量を計算し、その分だけ別のCO2削減・吸収プロジェクトへ寄付といった形で対価を支払うことで相殺できる仕組みだ。

ただ、国内では2009年当時にそれほどCO2排出量への意識が高まっていたとは言えない。なぜその時期から開始したのだろうか。

「早くから欧州を中心に環境に対する意識が高まりを見せていたことと、実際にそれを受けて欧州の一部の国で排出量の可視化を就航する航空会社に対して義務付けるような動きもありました。そのような経緯もあって、今のようにサステナビリティや環境というワードが一般的になる前からプログラムを提供していました」

大津マネジャーは、さらに続ける。

「カーボンオフセットをすることで環境価値を手に入れられる。特に環境意識の高いお客さまや地球温暖化防止に関心の高いお客さまにとっては非常に魅力的に映るものだったと考えています」

「JALカーボンオフセット」の使い方とは?

環境保全やCO2排出量削減などに対する意識が世界規模で高まってきた現在、より「JALカーボンオフセット」の需要は高まっていきそうだ。実際にJALも今年2月に、さらに使いやすいようにプログラムの改正を行った。

今年2月にウェブサイトをレスポンシブ対応に。スマートフォンでも見やすく表示される

改正のポイントはどこか。その前に、まずは「JALカーボンオフセット」の使い方を見てみよう。

「JALカーボンオフセット」のウェブサイトでは、まず搭乗した区間、人数、座席のクラスを入力すると、それに応じたCO2排出量と、換算した支払い金額が表示される。

例えば、成田国際空港から米ニューヨークのジョン・F・ケネディ空港への片道だと、乗客1人でエコノミークラスの場合、CO2排出量は約470kg。金額に換算すると1063円になる(2022年6月19日時点)。

搭乗区間、人数、クラスといった条件を入力するだけで、CO2排出量を計算してくれる(PC版画面)

提供:日本航空

クレジットカードなどで支払えば、その金額分だけ「JALカーボンオフセット」が支援しているCO2削減・吸収プロジェクトへの寄付に充てられる。

ただ、実はこの寄付は、JALから直接行われているわけではない。世界各国で実施される環境保全プロジェクトに結び付けるプロバイダー経由で行われている。

そのプロバイダーを今年2月、より幅広いプロジェクトへの寄付が可能になるようにと、ノルウェーのCHOOOSE社に変更した。これが今回の改正で肝となるポイントだ。

「CHOOOSE社は非常に幅広く、また厳正に世界のCO2削減・吸収プロジェクトを選定しているのが決め手でした」

そのうちの一つである北海道美深町の森林吸収プロジェクトでは、1000ha以上の森林を保護し、2022年には1700t以上の二酸化炭素の吸収を見込んでいるという。

つまり、「JALカーボンオフセット」を利用すると、CHOOOSE社を通して、こうしたCO2削減・吸収プロジェクトへと、CO2排出量相当分の金額が寄付されることになる。

CHOOOSE社を経由して寄付される世界のCO2削減・吸収プロジェクトは複数ある。どれか一つを選ぶのではなく、寄付した金額がこれらのプロジェクト全てに満遍なく行き渡るという仕組みだ(画像はスマートフォン版)

提供:日本航空

埋め合わせたCO2排出量はどうなるのか?

ただ、注意しておきたい点もある。前述のようにカーボンオフセットは、前回紹介したCO2の排出量取引に似ていると言えるが、乗客が自分の搭乗した航空便が排出したCO2を埋め合わせても、「JALカーボンオフセット」ではそれがJALのCO2排出量相殺にはつながらないということだ。

「JALの航空機が排出したCO2量を埋め合わせるには、あくまでJAL自体で自助努力や排出量取引などを行って相殺しなければなりません。JALカーボンオフセットの目的は、お客さまご自身が搭乗することで排出してしまったCO2をなかったことにする、オフセットするため、とお考えいただければ」

実は「JALカーボンオフセット」では、これまで個人利用に限ってきたが、今年5月から一部企業に対し、企業による旅客機利用時のCO2排出量を埋め合わせができるサービスの試験導入を始めた。この場合は、企業が排出したCO2との相殺も可能になるのだろうか。

企業向けの「JALカーボンオフセット」のウェブサイト

提供:日本航空

「結論を申しますと、現状の仕組みでは国内の企業さまが社用による旅客便利用で排出されたCO2をJALカーボンオフセットで埋め合わせても、その企業さまが事業で排出されているCO2量との相殺はできません」

では、あまり意味がないのだろうか。

「そうとは限りません。出張時の 航空便利用のように、事業以外での間接的なCO2排出量も可視化し公表することで、環境意識の高さを示すことができるとお考えの企業さまもいらっしゃいますし、この先は間接的なCO2排出量の開示および削減も求められる時代になっていく可能性があります」

先を見据えてのサービス拡充というわけだ。今年7月から本格的に、企業向けのCO2排出量可視化・オフセットのプログラムを開始している。

ただ、そのような時代が訪れるとするなら、CO2の多排出産業とされる航空業界はカーボンオフセットもさることながら、まず自助努力によるCO2排出量削減が欠かせなくなってくるだろう。航空機自体のCO2排出量が減れば、乗客の間接的なCO2排出量も当然減っていくからだ。

「CO2排出量を削減する際は、まず自社の排出量を知り、その上で自助努力によって削減に取り組み、それでも減らしきれなかった分を排出量取引で相殺する、というのが基本的な考え方になります。これはJALにとっても例外ではありません。多排出産業であることは自覚していますので、常々自助努力によるCO2削減には取り組んでいます」

JALのCO2排出量削減の取り組みは、大きく分けて3つの柱がある。1つ目は、省燃費機材の導入だ。

「路線やルートにもよりますが、従来機と比べてこれらの機材ですと、一般的にCO2排出量を15%から25%程度削減できるとされています」

省燃費機材の一つ、エアバスA350型機。JALでは所有・リース合わせて計8機が導入されている(2021年4月時点)

提供:日本航空

2つ目の柱は、日々の運航の工夫。

「飛行計画を立てる段階から駐機中、離陸・上昇中、運航中、下降中というようにさまざまな場面で、まずは自分たちでできる工夫でいかに削減につなげるかといった取り組みも全社横断で行っており、グループ会社にも今後拡大していく予定です。運航の工夫による削減効果というのは全体で見ると5%程度ですが、最も効果を実感しやすい点ですので、日々各部署で取り組んでいます」

そして3つ目が、SAF(Sustainable Aviation Fuel)と呼ばれる持続可能な代替航空燃料の導入だ。SAFは、植物などのバイオマスや天ぷらなどの廃棄油、あるいは食品廃棄物といった化石燃料ではない持続可能な原料から作る代替航空燃料で、従来の化石燃料由来の航空燃料と比べてCO2排出量を平均で約8割減らせるということもあり、大きな期待が寄せられている。

「ただし、現在はまだ製造・流通が進んでいるとは言えず、世界で飛んでいる航空機のうち、わずか0.03%にしか搭載されていないのが現状です」

まずはどのようにして調達していくかというのが課題になるが、JALは既にその先も考え始めているという。

「今は海外から調達するしかありませんが、化石燃料由来とは違い、SAFは原材料が多岐にわたるため、国内でも製造可能ですので日本のエネルギー自給率にも貢献できるのではないかと考えています。そのためJAL1社や航空会社の中での連携だけではなく業界を横断し、オールジャパンで取り組むべきだということで有志団体を立ち上げました」

それが、今年3月2日に立ち上げられた「ACT FOR SKY」だ。国内16社でSAFの商用化および普及・拡大に取り組んでいくという。日揮ホールディングス株式会社、株式会社レボインターナショナル、全日本空輸株式会社とともに幹事社4社の一つとして名を連ねている。

「欧米とは異なり、日本は島国という事情があります。もし航空業界は多排出産業だからと、他の移動手段の利用が世界規模で進めば、日本は鎖国のような状態になってしまうでしょう。だからといってCO2の排出を仕方ないと言ってしまえば、お客さまからのご理解は得られません。省燃費機材の導入、運航の工夫、SAFの活用という3つの柱を中心にしたCO2削減の努力、取り組みを強化していかなければならないと考えています」

航空会社にとって、2050年カーボンニュートラル実現に向けての課題はまだ残されているが、3つの柱を中心に取り組みがうまく進めば、大幅にCO2の排出量を削減することも可能だ。

それでも航空会社がCO2の排出量をゼロにするのは難しい。どうしても減らしきれないCO2排出は、過渡期においてはカーボンオフセットによって埋め合わせていくことが有効な選択肢となる。そう考えると、CO2の排出量取引の価値は今後もますます高まっていきそうだ。

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