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国立公園のエネルギー施策とは?尾瀬の自然を守るため、電気自動車バス発進!

地元の会津バスが尾瀬の観光シャトルバスをEV化し、オフシーズンは会津若松市内の一般営業路線で運行

日本全国に34カ所ある国立公園。今回訪れた尾瀬は1934(昭和9)年に日光国立公園の一部として指定され、その後、2007年に分割。近隣の会津駒ケ岳、田代山、帝釈山とともに29番目の国立公園として指定された。尾瀬はこれまでさまざまな開発の危機にさらされてきたが、多くの人々の努力によって貴重な自然が守られてきたことで、“日本の自然保護の原点”と呼ばれる。新潟県、栃木県など4県に接して位置する尾瀬だが、入口があるのは群馬県と福島県のみ。そのうち福島県側でことしから新たな取り組みがスタートした。電気自動車バスの導入だ。投入を決めた会津乗合自動車株式会社、さらに尾瀬の管理などに携わる環境省、尾瀬保護財団に尾瀬の自然保護について詳細を聞いた。

CO2排出量を抑えて尾瀬の環境を守るために

自然を保護する観点からマイカー規制が敷かれている尾瀬──。

福島県側からの入口である沼山峠までは、まず檜枝岐村御池まで自家用車などで向かい、そこからは会津乗合自動車(通称・会津バス)が運行するシャトルバスを利用する。

会津乗合自動車が運行する、御池─沼山峠間のシャトルバス。今季から電気自動車バス(手前)に切り替えて運行している。 ※繁忙期はディーゼル車増便の場合あり

そのシャトルバスに、ことしから電気自動車(EV)バス3台が導入されることになった。

「ちょうど機材の更新時期だったのですが、その際に今までと同じディーゼルバスでよいのかという議論が社内で起きました。尾瀬は“日本の自然保護の原点”といわれる場所ですから、われわれにも貢献できることがあるのではないかと思ったのです」

そこで浮上したのが電気自動車バスだったと同社代表の佐藤俊材(としき)社長は語る。

「とはいえ機材選びは大変でした。まず、国内のバス製造メーカーは電気自動車バスを作っていません。東京など水素自動車バスの運行がスタートしているところもありますが、コスト面からも、水素ステーションなどの設備面で考慮しても、福島では現実的ではありません。そんなときに中国の自動車メーカーであるBYDと出会ったのです」

今回の電気自動車バス導入にあたり、自然保護・環境保全には、民間はもちろん行政も含めた関係各所の連携が不可欠だったと語る会津乗合自動車の佐藤社長

中国の新興自動車メーカー・BYD。1995年の創業からわずか数年で中国一の電池メーカーに上り詰め、2003年から自動車製造を開始。2017年にはEV販売台数で世界一となった。

「BYDは沖縄や京都で大型の電気自動車バスの導入実績が既にありました。沖縄に出向いて乗車してみたのですが、すぐに『これだ!』と思いましたね。静かで力強く、エネルギー性能に優れ、変速ショックも感じないため乗り心地もいい。それでいてクリーンなわけですから、尾瀬にぴったりだと直感しました」

しかし実際に導入するまでの間、会津乗合自動車とBYDは何度も試行錯誤を繰り返すことになる。

「尾瀬は沖縄や京都のように平坦な場所ではありません。アップダウンがある道を走行します。さらに雪国であるということで、バッテリーに相当の負荷がかかるのではないかと懸念しました。最適なバッテリーのサイズを決めるまで、メーカーと綿密な打ち合わせを繰り返しましたね」

BYD社製電気自動車バス「K7RA」。全長9.48、全幅2.5m。定員は28席40人。搭載電池の容量は217kWh。モーターの定格出力75kWで、一充電あたりの走行可能距離は約180km。御池─沼山間は約9kmのため、1日の稼働に支障はないと予想される。バスのラッピングは東京電力とタイアップ。オフシーズンの会津若松市内走行時も変更はなく、尾瀬のPRに努めるとのこと

サイズに対する懸念もあった。沖縄や京都は大型バスで、そのクラスであればBYDは世界的にも実績を残していた。しかし大型バスだと、道幅が狭く曲がりくねった道の続く尾瀬には不向き。そこでBYDは、初めて日本向けの中型サイズのバス製造に取り組むことになる。

「それに尾瀬は冬の間は閉鎖されます。弊社としてはその期間は会津若松市内を走らせたいのです。古い城下町ですから、当然狭い道もあり、やはり大型バスは不向きなんですよね」

そういった課題を、バスを運行する側と製造する側が二人三脚でクリアしていき、2019年1月から会津若松市内で、そして5月からは尾瀬を、通称“尾瀬バス”という電気自動車バスが走り始めることになった。

コックピットは一般的なバスと変わらない。インストゥルメントパネル中央にバッテリー残量が表示される

充電設備は尾瀬バスの基地となる田島営業所に1基、御池駐車場に2基、そして会津若松市内の営業所に2基が用意されている

「ことしは1年目ですからね。まずはデータ収集をと思っています。雪道や峠道を走ることやバッテリーの消耗具合、エネルギー効率など、われわれにとって全てが未知のことですから。社会実験をしながら、運用していくイメージです。でも、それによって尾瀬の保全はもちろん、より多くの人の自然保護意識の向上につながっていけばいいと思っています」

御池─沼山峠間のシャトルバスとして導入した電気自動車バス。走行音はもちろん静かだ

“観光客誘致とシカ”尾瀬が抱える課題

御池から尾瀬バスに乗車すると、その先に待っているのが沼山峠。ここからは徒歩でミズバショウやニッコウキスゲで有名な大江湿原、そして尾瀬沼を目指すことになる。

その美しい自然を求め、ピーク時には約65万人の観光客が訪れたが、今は30万人弱。昨年は約27万人にまで落ち込んだ。これが今の尾瀬が抱える2つの大きな課題のうちの一つだと語るのは、環境省の桑原 大(だい)自然保護官だ。

「国立公園を訪れる人の数については、適正数というのがとても難しいのです。でも、65万人というのは多過ぎですね。例えば、尾瀬にある山小屋のキャパシティを超えていますし、登山道でも人が大渋滞する状況だったそうです。マイカー規制をしたのも、環境保護と同時に観光客数をコントロールするという意味合いもありました。しかし今はちょっと減り過ぎてしまったというのが正直なところ。山小屋の経営事情にも関わる部分ですので、観光客をより増やしていきたいというのが今の考え、流れです」

妙高戸隠連山国立公園を経て、ことしから尾瀬に赴任してきた桑原自然保護官

自然を守るためには訪れる人は多過ぎない方が良い。しかし少な過ぎてもダメなようだ。

なぜか──。例えば、尾瀬を訪れた人は湿原に敷かれた木道を歩く。これは利用者の利便性を高めることと、湿原を踏み荒さないための2つの理由がある。

では、この木道は誰が管理しているのだろうか?

大江湿原に延びる木道。シーズンには木道の左右にミズバショウやニッコウキスゲが咲き誇る

「国立公園の中の歩道管理は、環境省・県・市町村と分かれ、それぞれが分担しています。尾瀬でいえば、群馬県側の一部は東京電力さんが担っていますね。ただ尾瀬は冬の間、大雪に閉ざされることで木道の消耗具合が激しく、その修繕がなかなか間に合っていないのが実情です。ですので、例えば山小屋周辺の木道の滑り止め対策などは、山小屋の関係者の方々にも協力いただきながら修繕を行っています」

尾瀬の利用者が減り、山小屋の経営が思わしくない状況になると、木道の保全にも影響が出てきてしまうということだ。

「だから環境省としても観光客を増やしたいという思いはあります。直近の事例では、尾瀬沼に見晴台を設置しました。最近よく耳にする“インスタ映え”するスポットとして整備したのです」

もう一つ、観光客誘致と並ぶ尾瀬の大きな課題が、シカによる植生被害だ。

「ニッコウキスゲなどシカが好んでよく食べる植物がある一方、好まない植物もあります。そのため、シカが増えることで植生が変わってしまうのです。すでに尾瀬でもその傾向が出始めている場所もあります」

大江湿原は例年7月中旬になると、黄色いニッコウキスゲがあたり一面に咲き誇る。その風景が見られなくなってしまえば、それは観光客誘致にも大きな影を落とすことになる。

「対策としては、シカの捕獲と柵設置の2つがメイン。これに調査を加えた3本柱で対策を講じています。例えば、大江湿原を囲むように柵を設置し、その中にシカが入らないようにします。ただ尾瀬は冬の間、激しい雪に見舞われるので常設の柵を立てることが難しく、雪解け後すぐに設置して、雪の降る前に作を下ろします。春先に80人くらいのボランティアの方々に手伝っていただき設置するのです」

林野庁によって大江湿原に設置されている防鹿柵。環境省と地元猟友会の連名で観光客向けの注意喚起の看板が掲示されている

大江湿原と共に尾瀬を代表する湿原である尾瀬ケ原では、昨年5~6月の調査で、一晩で約140頭のニホンジカが確認された。桑原保護官によれば、90年代半ばからシカによる植生被害が顕著となってきたため、対策を進めているという。

「植生被害をなんとか減らさないと。とにかく尾瀬に顕著な被害が見られない程度にはシカを減らしていかなければと思っています」

尾瀬の自然を守り、そして多くの人が楽しむために

尾瀬沼のほとりに観光客が自由に訪れ、尾瀬の自然についての知識を得るための施設「尾瀬沼ビジターセンター」がある。この施設自体は環境省が所有するが、管理運営を担っているのは尾瀬保護財団だ。

「主な業務内容は、観光客に尾瀬への理解を深めてもらうための自然解説、ルールやマナーの普及、現地の状況を把握するための巡回・調査、そして山小屋などと連携した傷病人対応です」

そう語るのは、同財団事務局の宇野翔太郎さん。尾瀬保護財団は1995年に設立され、その後に公益財団法人となった。環境省や自治体などが木道などのハード面を担うのに対し、同財団は利用者への啓発や自然環境保全、調査研究など主にソフト面を担っている。

ガイドとして小学生など子供たちに尾瀬の自然や保護活動について解説している

また、尾瀬の自然保護に大きく関与するボランティアとの関係づくりも業務の中で大きな割合を占める。

「尾瀬のボランティアには、2つの役割があります。一つは観光客に尾瀬利用時のマナーなどの呼びかけを行う、入山口での啓発活動や巡回・清掃といったプロテクターとしての活動。もう一つは観光客への案内・自然解説や調査・資料収集などを担うインタープリター(解説者)のような活動です。いずれも尾瀬の貴重な自然を守るための大切な活動だと認識しています」

そして宇野さんは、尾瀬を訪れる際にはガイドを積極的に利用してほしいと言う。

「理由は3つあります。一つは“自然観察”です。尾瀬の自然については、そこで過ごすだけでも好意的な感想を持っていただけると思っていますが、希少性や重要性をより深く知ってもらうことで理解を深めることができます。次に“時間管理”です。山小屋へのチェックインやバスの時間、また天候変化との兼ね合いなど、尾瀬ハイキングでは時間を気にする必要があります。そのような場合に余裕を持って過ごせるはずです。そして最後に“安全の担保”です。ガイドは滑りやすい木道や浮石の場所なども把握していますから、観光客の転倒・負傷のリスクを下げることができるのです」

入山口でゴミ袋を配布。観光客に自分が出したゴミは自宅に持ち帰ってもらうための啓蒙活動を展開している

尾瀬沼ビジターセンターに隣接するトイレ。利用者には、管理維持のためのチップ制への理解を求めている

普段は尾瀬公式インスタグラム(https://www.instagram.com/discoveroze/?igshid=xkswzmb3vmrn)の運用などを通じて、尾瀬の魅力を多くの人に発信しているという宇野さん。

そんな尾瀬の美しい自然を将来的に守っていくためには、地域の連携や多くの人の支援が不可欠だと話す。

木道敷設以前、観光客は湿原を歩いていた。それによって失われた植生を回復するための活動も行っている

「過去においては観光客の多さが自然に悪影響を与えている状況がありました。しかし最近は、シカや気候変動といった自然環境の変化、少子高齢化や人口減少による過疎化、それに伴う担い手の減少といった社会変化の影響も大きく受けています。これからも尾瀬の美しい自然を守るためには、そうした社会の変化への対応を含め、包括的に取り組む必要があると考えています」

尾瀬沼のほとりから、東北地方で最も高い山・燧ケ岳(ひうちがたけ)を望む

福島、群馬、新潟、栃木4県の県境にある山に囲まれ、希少な高山植物に恵まれた美しい湿地帯である尾瀬。

この自然を未来に残していくために、バス会社、国、地方自治体、ボランティア、民間企業と多くの人が関わり、惜しまぬ努力を続けている。

この夏は最新のEVバスで避暑に訪れ、エネルギーと自然について考えてみてはいかがだろうか。

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