2021.09.09
災害対策の課題を集め、予測し、準備する。防災車両開発の最前線
多様化、頻発化する災害に対して求められる特殊車両の今
大型化する台風、全国で発生している大雨や長雨など、年々、天候による災害の激しさが増している。そうした災害における被災地での救命や復興支援において、救助隊の助力となるのが特殊車両だ。消防車をはじめ、防災・減災に特化した車両や機器を開発、販売する株式会社モリタに、今求められている災害対策車両について聞いた。
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INDEX
多様化する災害に対応できる高機動&多機能車両「レッドレディバグ」
今年7月、静岡や神奈川を中心に大雨が降り、箱根町では72時間雨量で800mm超を記録。愛知、鳥取ほかで多数の河川が氾濫し、熱海市では大規模な土石流災害が発生した。
8月に入っても、雨による被害は続く。九州や中国地方など西日本を中心に各地域で大雨が続き、25水系68河川が氾濫。各地で記録的な雨量が観測されている。
台風による風雨といった一昔前までの夏の気候とは、もはや全く別の様相となっている。
「ご存じのように、昨今の災害は多様化しています。そこに対応すべく、当社では2020年5月に新しい事業部を発足させました。元々われわれは消防車開発のトップランナー。今後は災害を火災にクローズアップするのではなく、もっと広い視野で捉え、対策を強化していこうと考えています」
そう話すのは、株式会社モリタ CF(クリエイトフューチャー)事業部の古田裕之氏。同社は1907年の創業以来、ポンプ車やはしご車など、100年以上にわたって消火と救助に特化した車両の開発、製品化を続けてきた。業界で「消防車のモリタ」と呼ばれるほど、消防車開発に強みを持つ。
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新たに創設されたCF事業部の古田氏(手前)と豊田和也氏(奥)は、防災、減災、復旧に関わる課題や要望を集め、形にするのが使命
CF事業部は、以前EMIRAで取り上げた無限軌道災害対応車「Red Salamander(レッドサラマンダー)」も手掛けており、同社がカスタム、メンテナンスなどを担っている。
>レッドサラマンダー詳しくはこちら「日本に1台!全地形対応車“レッドサラマンダー”を完全分析」
災害対策車両のエキスパートともいえる同事業部が、予測不能ともなった状況下に機能を発揮すると投じたのが、小型オフロード消防車「Red Ladybug」(レッドレディバグ)だ。
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装備品によって大きく変わるが、レッドレディバグの価格はおよそ1500万円超。ちなみに、町の消防団が持つようなポンプ車で2000万円ほど
3名乗車、最大積載量は350kg、けん引質量は907kg、公道走行も可能。ベースとなる車両は共同開発した川崎重工業株式会社が北米で販売しているバギーで、オフロード、急勾配などをものともしない卓越した悪路走破性を誇る。タフさの反面、見た目からはその名の通りテントウムシ(レディバグ)のようなかわいらしさも感じさせる。
その機動力を土台に、災害現場ではボディー後部にある荷台が大きな効果を発揮する。災害の種類に応じてさまざまなユニットに取り換えられ、車両の機能が変化。ユニットを載せずにあらゆる荷物を運ぶことも可能だ。
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荷台には、救助、消火、救急、映像通信など、さまざまな機能を持ったユニットを搭載できる
ユニットの乗せ換え機能は、実際に救助活動を担う消防士へのヒアリングで見えた、日本の実情から生まれたアイデアだった。山の手や海際、気温の違いと、国内の環境はさまざまである。すると、発生する災害の形も変わるため、地域によって求められる車両の機能は全く異なるという。
ある場所では「風水害に対応できるよう、土のうやスコップを載せたい」、別の場所では「土砂災害時に最前線で情報を取る指揮車にして、ドローンも載せたい」。他にも、水難事故対策のために「砂浜の走行」、雪害対策のために「雪道の走行と除雪」と、とにかく多くの要望が集まった。
レッドレディバグは、それら全てに応えられるよう設計されている。
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ドローンやカメラを積めば、災害現場の最前線で情報取得車の役割が果たせる
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砂浜や水際も、キャタピラのようなクローラーに履き替えれば走行可能。けん引力も高まる
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ボディー前面にスノープラウという雪かきを付けて除雪しながら進むことも
熊本地震をきっかけに開発されたレッドレディバグ
レッドレディバグの開発は、2016年4月に発生した熊本地震がきっかけとなった。夜間に最大震度7の地震が2度起こり、大規模な被害をもたらした地震だ。同車両の開発を手掛けた濵田貴行氏は、当時をこう振り返る。
「実際に被災地へ行ったのですが、報道で見る以上にひどい現場でした。当時、救助にあたった熊本の消防士さんに話を聞いたところ、道路が崩壊して土砂もたまっている上、停電も発生していて、いつもなら消防車で数分あれば到着するはずの場所に何時間もかかってしまったというのです」
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数々の消防車や環境車両の企画、デザインを担ってきた濵田氏。株式会社モリタホールディングス モリタATIセンターに所属する
地震の災害現場に限らず、道路に水や土砂がたまれば、普通の車両はそこから先に進めない。熊本地震の現場では、救助隊は重い機材を人力で運びながら、現場に何時間もかけて徒歩で向かった。身体的負担や搬送量の限界など、車両が現場に到達できなかったことが、本来の目的である救助の重荷となってしまった。
このとき濵田氏は、消防車の限界を課題として持ち帰ったという。
そもそも消防車には、大型から小型、さらには軽トラックサイズも存在する。それらは基本的に舗装路面用に設計されているため、荒れた道を走るようにはできていない。また、阪神・淡路大震災(1995年)を機に普及した、機動力と情報収集力に特化する「消防バイク」もあるが、積載能力の乏しさや1人乗りという懸念点もあった。濵田氏は熊本だけでなく東北にも訪れ、消防士に東日本大震災(2011年)での経験談を聞いた。
「総じて、コンパクトでオフロード能力があり、初期段階であらゆる対応ができる車両が必要であることが分かりました。また、数年に一度の災害のためだけでなく、普段から使える車両でないと導入は難しいと伺いました。軽トラックのような汎用性と、普段でも使えるサイズ感、それらに加えて多用途に使えること。それが開発時に重視したポイント。1人でも多くの要救助者の方を助けたいという思いを込めて作った車両です」(濵田氏)
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現在、レッドレディバグや他の資機材を搬送用トラックに乗せ、現地に運べるようなパッケージも構想している
「道が寸断された中で、人や物を迅速に運ばないといけないのは消防の世界だけではありません。例えば、道路、河川、通信関係の官公庁や団体、企業など、緊急性のある業界でもレッドレディバグが力になれればと思っています」(古田氏)
電動、水陸両用、発電機能。発災後に必要な車両能力
このような車両が開発されるのは、災害の多様化によって、消防でいえば消防車だけでは対応できなくなったという事実だ。
被災地で求められるのは即時的な機動力だけではない。レッドレディバグの他に、モリタが災害対策としてラインアップしている主な製品を見てほしい。
●折り畳み式電動資機材搬送車 EZ-Raider(イーゼット・ライダー)
合計450kgを積載でき、フロントカート単体で4輪駆動、リアカートを連結すると6輪駆動になる電動式搬送車。軽トラックの最大積載量が350kgだから、その積載能力の高さは相当のもの。排気ガスが出ない電動のため、トンネルや地下でも使用可能で、引火性の高い現場でも使える。
「電気はオフロードとの相性がいいんです。電動モーターはオンにした瞬間のトルクが強くなっていて、がれきなどを乗り上げるときに効果的。加えて、電動だからこそ全てのタイヤにモーターが入れられたので、この車両サイズが実現できています」(豊田氏)
●救助用エアボート FAN-BEE(ファン・ビー)
水面より上にプロペラが設置された、水陸両用のエアボート。最高速度は時速70kmで、ゆっくりも進める。プロペラや舵が入水しないため、漂流物にぶつかるという危険性がない。2019年度に東京消防庁へ納入したエアボートをベースに改良し、2020年10月から同製品としてリリースした。
「水害現場は水が引いている部分もあるため、水上だけを進み続けられることはほとんどありません。ましてや水中に浮遊物があるかもしれない。現場では迅速性が求められますが、安全性を考慮して人の力でボートを引っ張っていくことの方が多いのです。二次災害の軽減、素早い物資移動、さらに陸でも機体から降りずに移動できるのが大きなメリットとなります」(豊田氏)
●車両搭載型 ハイブリッド・発電システム
エンジンルームに収まるほどの小型発電機と蓄電池を設置し、車両に発電・蓄電機能を付加できる電力供給システム。画期的なのは、走行中にも発電ができること。既存の車両に後付け可能で、例えば排気量の大きいハイエースは5000W程度の発電機を搭載できるそう。
「消防車には発電機が積載されていて、災害時にはそれを電源にすることがあります。その敷居をもっと下げ、あらゆる自動車に電源機能を与えられれば、避難所の助けになる。公共機関が持つ公用車に展開できれば、普段必要な自動車の機能を損なうことなく、非常事態の電源確保につながるはずです」(豊田氏)
こうした車両などは、消防関係者が日頃から抱いてきた課題感や要望から生まれてきた。発電システムが最たるものだが、救助、救命だけに視点が偏らないのも、消防と100年以上積み上げてきたリレーションのたまものだろう。
また、近年は自治体からの問い合わせが増加傾向にあるという。事実、今年7月に同社は横浜市へ排水ポンプ車を2台納入している。
「内水被害(河川堤防の内側に水がたまり、家屋などが水に浸かる被害)などが発生すると、従来は排水ポンプ車を所持する国土交通省が対応してきました。ただ、水害が頻繁に発生して、同省だけでは賄いきれなくなっています。被害が大きいところが先となるため、自立して動けるようにと自治体さんからの問い合わせは増えてきています」(豊田氏)
その中で、特に増えているのが「トイレカー」だという。
被災地で困るのは「水・電気・トイレ」。社会変化への対応も必須
昔から発災後の避難所の困りごととして、「水」「電気」、そして「トイレ」の3つが重要視されている。近年では、そこに「通信」も含まれてきている。
元々トイレカーは、建設現場や高速道路などの工事現場で利用されていた。ただ、災害現場の目線で見ると、「実はものすごくマッチングする」と、同社が初めて防災分野に取り入れたという。
●移動式トイレ トイレカー
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車両内にトイレを設置した特殊車両。主に避難所で利用することを想定している
避難所となると、いわゆる「仮設トイレ」をイメージするかもしれない。利用したことがあれば分かると思うが、多くの人が利用する仮設トイレは清潔さを維持することが難しい。避難所のトイレ問題は、それ以上に深刻だ。
「2年前まで仙台に10年ほどいました。消防の方々に東日本大震災時の避難所の話を聞くと、『トイレがひど過ぎる』と漏らしていました。実際の写真も見せてもらいましたが、相当なものです」(古田氏)
一般的な仮設トイレは、くみ取り式だ。被害状況にもよるが、汚物をくみ取る専用車が定期的に来られない場合がある。そうなるとタンクはたまっていき、おのずと積み重なっていく。
汚いトイレは汚くしか使われず、輪をかけて汚くなる。最終的に「使いたくない」となって、利用者は食事や排せつを我慢し、体に悪影響が出てしまう。そうした話は避難所でよくある話だという。その解決の一手となるのが、移動可能なトイレカーということだ。
一方で、社会の新しい変化からも課題が浮き上がってきている。
最も顕著だったのが、今年1月に北陸自動車道などで大雪により1000台以上の自動車が立ち往生したときだった。除雪して動けるようになった後、“電欠”したEV(電気自動車)が動けなくなり、開通が一時滞った。「少しの距離だけでも走れるようにできる急速充電車があれば」と道路関係の企業から相談があったそうだ。
もちろん、自動車のEV化が進むことが悪いわけではない。社会が進歩するだけ、緊急時の対策も追い付いていかなければならないことが分かる現象だろう。
「われわれが作り続けてきた消防車は、消防の方々と丁寧に対話し、じっくりと1台を作っていきます。いわばオーダーメードです。そうしたコミュニケーションの中で、日頃からさまざまな困りごとを吸い上げてきました。発災して初めて対策を練ることもありますが、常々収集してきたことから予測し、準備してきたのが今取り扱っている製品です。ただ、ニーズは本当に災害の数だけある、というのが最近の本音ですね」(古田氏)
モリタが対面する消防士たちは、大きな災害があれば命を救いに向かい、被災地復旧のために自らを犠牲にして活動する。そうした現場の話を聞いていると、「少しでも役に立てるものを作らなければならない」という使命感に駆られるという。
「あまり知られていませんが、近年のIoT端末やバッテリーの技術革新で、消防車や救助用の資機材など、防災分野も大きく進歩しました。車両でいえば、今はガソリンや軽油がほとんどですが、一方でEV化の流れも避けては通れません。そうしたどんな社会変化があっても対応できるよう、今後も研究開発を進めていきます」(古田氏)
もちろん、災害は発生しない方がいい。それでも変化に対応し、準備をして、来るべきときを待つ――そうしたモリタの取り組み方、備え方が、この国の防災機能を引き上げてくれているのかもしれない。
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