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未来創造ビジョン20XX

100年に一度の変革期を迎える“自動車”! “新しい音”でEVワールドを俯瞰せよ

株式会社日産自動車 企画・先行技術開発本部先行車両性能開発部総括グループ(音振性能)エキスパートリーダー 榎本俊夫

日本を代表するさまざまなジャンルのグローバル企業に理想の未来像や、それに向けた取り組みをインタビューする新連載。第2回は、EV(電気自動車)で日本の自動車業界をけん引する日産自動車だ。2010年に市販モデルのEV「リーフ」を発売開始。今春には世界累計販売台数40万台を突破し、文字通り日本でトップのEVモデルとなった。今回はそんな「リーフ」の“音”に着目。工学的に突き詰めていくだけでは“人にとって心地よい音にはならない”というEVサウンドの研究開発を続ける、同社企画・先行技術開発本部先行車両性能開発部総括グループで、音振性能のエキスパートリーダーを務める榎本俊夫さんに話を聞いた。

CASEやMaaSなど、変革するモータリゼーションの中のEV

車をはじめとする交通インフラの変化するスピードがどんどん速くなっている。

例えば、「MaaS(モビリティ・アズ・ア・サービス)」という言葉を最近よく耳にしないだろうか。国土交通省の定義によれば、これはICT(情報通信技術)を活用して交通をクラウド化し、マイカー以外のすべての交通手段によるモビリティ(移動)を一つのサービスとしてシームレスにつなぐ、新たな移動概念のことだ。
※MaaSのシステムや欧州・日本の状況に関する記事はこちら

もう一つ、最近よく出てくる言葉が「CASE」だ。これは2016年のパリモーターショーでダイムラーのディーター・ツェッチェCEO(当時)が発表した造語で、「Connected(コネクテッド)」「Autonomous(自動運転)」「Shared & Services(共有化&サービス)」「Electric(電動化)」の頭文字をつなげたもの。今後のモータリゼーションの有り様を指し示すものだと言われる。
※CASEについて特集した記事はこちら

日産のEV「リーフ」。1回の充電での走行距離は初代モデル発表からの9年で飛躍的に進化。最新モデルは最大458kmを実現している

その中で今回は「Electric」に注目する。

クルマの電動化開発はこれまでアメリカ、中国メーカーが先行していた印象だが、最近ではヨーロッパのメーカーも続々と参入。例えばドイツのフォルクスワーゲンは、標準化した部品でEVを設計することで、多くの車種を迅速に投入する体制を整え始めているという。

一方、日本のメーカーはクルマ個体の作り込みを進めることでEVとしての完成度を高めてきた。しかし最近になって、例えば日産自動車はこれまで自社で担ってきたEV用バッテリーの開発・製造部門を売却。自社が培ってきたノウハウをある程度開放することで、「EVを作る」ことから、「EVが走る社会を作る」ことへシフトしていっているように見受けられる。

では、次代のクルマ社会を構成する重要な要素であるEVとは、どんなクルマになるのか。

今回はその中でもクルマと人をつなぐ要素の一つである「音」にこだわりながら、EVの描く未来をのぞき見たいと思う。

クルマにとっての「音」とは何か?

エキゾーストノートという言葉がある。これはスポーツカーやレーシングカーの甲高い排気音を官能的なものとして表現した言葉だ。例えば、フェラーリの12気筒エンジンの独特の高音は「フェラーリサウンド」と呼ばれ、もはやブランドと言っても過言ではない。音へのこだわりは、実はクルマとは切っても切れない関係にある。

「クルマが発する音をエネルギーの大きなもので分類すると、大きく3つの音源に分けることができます。『エンジン』『タイヤ』『路面』です。そのうち『エンジン』の音はアクセルの踏み具合によって変動していきます。走りだしなど加速するときは『エンジン』の音が際立っていきますよね。さらに『路面』の粗さでも音は変わります。これについて言うと、日本は路面舗装がきれいなので、例えばヨーロッパに比べると音は小さい。さらに車速も日本は高くないので、それほど『路面』そして『タイヤ』の音は気にならないのです」

この3つの音の要素が、EVの登場によって変化してきている。モーターとバッテリーで動くEVには当然『エンジン』がなく、音を構成する要素が一つ減ることになったからだ。クルマを静かにしたいと考えてきた自動車メーカーのエンジニアたちにとって、これは朗報であると思われたが、どうもそうとばかりは言い切れないようだ。

エンジンの音がしなくなったことで、新たな問題が浮上してきたからだ。

「いわゆる『静か過ぎるクルマ問題』というものです。街中を歩いているとき、近づいてくるクルマに気が付かない。特に目が不自由な方に対して危険である、と。そこでEVが近づいていることを知らせるための音をつけようということになったわけです」

「日本は道路もきれいで、車速も高くないから普段気にすることは少ないですが、実は音を目立たなくするための工夫は随所に施されているんです」と語る榎本氏

これを補うものとして設定されたのが、AVAS(アコースティック・ビークル・アラーティング・システム)というものだ。

例えば、日産のEV「リーフ」は近づいてくるとキーンという甲高い音がする。これはモーターの音をベースにしてはいるが、それだけでは小さく聞こえにくいため、人工的に作った音をスピーカーから鳴らして足しているのだという。

「この『静か過ぎるクルマ問題』に関していうと当事者は3人います。クルマの外にいる目が不自由な方と健常者、そして車内にいる人です。この三者は、それぞれの立場で音との関わり方が違います。目が不自由な方にとっては気付きやすい音でなければなりません。しかし健常者にとっては煩わしくない音が好ましいし、車内にいる人にとってはより静かな方が良いといったように。では、それはどんな音なのか? われわれは世界各国の交通状況を調べ、自然環境にある騒音レベルを確認し、それがどんな周波数を持っているかを調べた上で、初代リーフの音を作り上げていきました」

海外において目が不自由な方によるAVASを評価するようす

EVにとっての「理想的な音」とは?

2017年に行われた東京モーターショーにおいて、日産は「Canto(カント)」と呼ぶ一つの音を発表した。

「Canto」についての動画がこちら

イタリア語で「歌うこと」という意味の「Canto」。これは前述のAVASに、日産のブランドイメージを付与して、個性を持たせたEVの音だという。

「よく『EVの理想的な音は?』と聞かれるのですが、答えにくい質問ですよね。例えば、フレンチの有名シェフに『理想的な料理は?』と質問しても、なかなか答えにくいのと同じです。では、なぜこういう問い掛けがされるかというと『工学的に突き詰めていけば、理想的な音にたどり着けるのではないか』という考えがあるからだと思います。確かにある程度までは工学的・科学的なアプローチで理想とする音を定義することはできます。しかし、それが本当に理想的な音かといえば、必ずしもそうではない。そこにアートとしてのアプローチが必要になってくるんです」

ここでAVASの目的を再確認しておこう。もともとは車外にいる目が不自由な方にEVが接近することを知らせる目的があった。それが車外の音である以上、できるだけ煩わしくない心地よい音にしたいという欲求が生まれる。そこに「アート」という概念が加わってくる理由がある。

では、「Canto」を発表したその先はどうするのか?

「目指すところは2つあると思っています。エンジンは音をゼロにすることが物理的に不可能でした。だったらせめて気持ちのいい音にしようと研究を重ねてきましたが、これがEVであれば、パワーユニットの音をゼロ(実質的に聞こえないレベル)にすることができます。だから『無音』という価値が生まれてきます。しかし、その一方でドライバーから見たときに音の価値というのは変わらずにあると思うのです。例えばインフォメーションとして、高揚感として、そしてドライビングプレジャーとしての音です」

日産が誇るスポーツカー「GT-R」。そのエキゾーストノートがドライバーにもたらすのは、高揚感や運転する楽しさだ。そんなサウンドを発するEVが、これから求められることもあるだろう。

「エンジン、ハイブリッド…日産の場合はe-POWERですが…EVとクルマが変化していけば、車種展開も増えていくでしょう。ファミリーカー、コンパクトカー、高級セダンからスポーツカーまで。そうであれば、それぞれにふさわしい音が必要になってくると思います」

新しいものだからこそ、そこにEVの音を作る楽しさがある

これから増えていくであろう車種に合ったEVの音とはどんな音か?

エンジンであれば「スカイライン」と「GT-R」の音の違いは、想像の範囲の中に収まるものであった。しかしモーターでは、そうはならないと言う。

「モーターの音を単純に大きくしていくと、あまりにも高周波数になり過ぎ、すごく耳障りな音になっていくのです。そこが大きな課題ではあります」

横軸=周波数、縦軸=回転数のカラーマップ。エンジン等の音の成分を表すために一般的に用いられる。ICEの場合、1KHz以下の音を主に見るため、横軸を10KHzまでとることは一般的ではないそうだ。モーターとの比較のために、横軸、縦軸ともにモーターに合わせて表示。周波数域が大きく異なるのが分かる

モーターであれば物理的に「無音」にすることができると考えれば、逆にゼロから音を作るという解決策はないのだろうか。

「それも考え方次第ですね。例えば、高級料亭に出掛けたとします。部屋に気持ちの良いししおどしの音が響いています。どんなところで鳴っているかと思って見てみたら、そこにスピーカーが置いてあった…となったら、どんなにいい音でも興ざめしてしまうでしょう。パワーユニットの音を消して音を作るということは可能性としてまったくないとは言いませんが、今はモーターの音を生かす方向で、EVの奏でるエキゾーストノートをデザインしていきたいと思っています」

その原点となるのは、日産にとってはやはり「リーフ」だ。現在「リーフ」の販売台数は世界3位で、日本ではもちろんトップ(EV/PHV/PHEVの販売台数として)。ということは、現時点では「リーフ」の音こそが、世界的に見ても“日本のEVの音”であると言えるのではないか。

「それについて言うと、『リーフ』が目指したのは“静かでスムーズな世界”でした。それが原点です。しかし、そうとはいえ音には意味があるので、そこは目的に応じてチューニングしていこうというのが基本姿勢です。その意味では、初代『リーフ』はEVの音の一つの事例を作ったと自負しています。では、ここから次はどんな音を作っていくのか──。そこにわれわれエンジニアが挑戦することがたくさん残されていると思っています」

EVの音については、世界中の自動車メーカーでの模索が続いている。現状では指針となるものがなく、世界的に見ても「EVの音はこうあるべき」ということが定まっていない。例えば、メルセデスベンツはEVの接近音を作るためのパフォーマンスパートナーにロックバンド「リンキン・パーク」を起用。エモーショナルなサウンドを目指すという。

「ゼロがいいのか、それとも足した方がいいのか。その議論はもう世界中で何年も前から続いています。その両方とも『アリ』だよなと思いつつ、そのいずれかをこれからチョイスしていくことになるのでしょうね」

新たなモータリゼーションを示す「CASE」の4つの要素の中でも、先行して社会にリリースされているEV。

これからも世界中の自動車メーカーから続々とEVがリリースされていくことで、やがてユーザーの間にもEVの音のイメージが固まっていくことだろう。そのときにインプットされるのは、日産が作り出した音なのか、それとも他メーカーの音なのか。もしくはメーカーを超えて共有されるEVの音が近い将来に誕生するのか。

それは恐らく、音だけではなく、EVという新しいクルマそのものが社会に溶け込んでいく中で形成されていくことになるのだろう。

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