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炭素排出量取引の指標

中国が最大市場に、EUは新制度導入。日本は? 世界で加速する「CO2の排出量取引」

産学官連携で進める「GXリーグ」の設立で日本は世界に追いつけるか

脱炭素社会の実現には技術革新だけでなく、それを促進していくための投資などにつながる市場メカニズムを用いた経済的手法が必要となる。そこで注目されているのが、二酸化炭素(CO2)の排出量を企業間などで売買する「排出量取引」だ。ここ数年で急速に広がりを見せるこの手法だが、世界各国の流れと比べて、日本の現在地はどのあたりなのだろうか。

意欲的なスタンスへと変わった経済産業省

経済産業省が2021年6月に発表した、「2050年カーボンニュートラルに伴うグリーン成長戦略」。その中では、脱炭素社会を実現していく上で再生可能エネルギーの導入に向けた発電、工業や輸送などの技術革新ももちろんのことながら、その促進につながる「カーボンプライシング」などの市場メカニズムを用いた経済的手法にも「躊躇なく取り組む」とされている。

二酸化炭素(以下、CO2)に値段を付ける「カーボンプライシング」には、これまでにも取り上げてきたように2つの大きな柱となる考え方があり、一つが環境税などの課税、もう一つがCO2の排出量を企業間で売買できる「排出量取引」だ。

>>『二酸化炭素排出削減の世界的トレンド「カーボンプライシング」とは何か』
>>『二酸化炭素を値付けすれば社会が変わる!地球のために経済学ができること』

以前にも述べたように、今世界的トレンドとなっているのは排出量取引だ。ただ前回のレポートから2年以上がたち、その間に国内外の状況も変化を見せている。今回改めて、早稲田大学 政治経済学術院の有村俊秀教授に排出量取引の現状について伺った。

有村教授はこの2年余りの国内の変化を、こう振り返る。

「国内では2020年10月に菅義偉前首相が『2050年カーボンニュートラル宣言』を行ったことで、『脱炭素の方向に向かっていかなければならないんだ』とかなりの数の企業が認識を変えました。使い古された言葉ではありますが、パラダイムシフトが起こったと言えます」

「CO2の排出量を減らすことがビジネスの中心になり、その技術を持つ企業がさらに大きなチャンスをつかむことができる時代になった」と、オンラインでインタビューに答えてくれた有村教授

CO2の排出量取引は「キャップ・アンド・トレード」とも呼ばれる制度で、言葉の通り排出量にキャップ(限度)を設定するもの。排出量を抑制するという側面が強い制度といえる。

加えて、目標以上に削減できた場合、削減目標を達成できなかった場合は、クレジット(削減量に相当する権利)をトレード(取引)することができる。これは新たなビジネスにつながる側面だ。

基準値以上にCO2の排出量を減らせた事業者は、別の事業者との間でそのクレジットを売却するなど取引が可能になるのが「排出量取引」の仕組みだ

出典:東京都環境局「排出量取引入門」(2019年10月)より引用

有村教授は、企業だけではなく国も排出量取引のこのような側面に着目し、認識を変えてきているのだという。

「このクレジット取引を金融商品にリンクさせていければ、新たな金融ビジネスになる可能性もあります。すると、ESG投資(環境、社会、企業統治の基準で行われる投資)に結び付いて、経済成長につながることも起こり得ます。経済産業省にもそういった考え方が浸透してきて、この2年余りで大きくスタンスが変わりました」

これまで国内では、東京都と埼玉県という2つの自治体でのみ本格運用されてきた排出量取引だったが、ついに全国的に動きだしそうだ。

しかし世界では、より早く広がりつつあるのだという。

世界で拡大する排出量取引市場と残る課題

世界的に見て、いち早く排出量取引市場を設置して活用してきたのはEUだ。欧州連合域内排出量取引制度(European Union Emission Trading Scheme、以下EU-ETS)を導入し、世界最大の市場を形成してきた。

「さらに、EU-ETSでは国境炭素調整措置(Carbon Border Adjustment Mechanism、以下CBAM)を数年のうちに本格導入しようという動きがあります」

CBAMとは、気候変動対策を行う国が、対策不十分な国からの輸入品に対して水際で炭素課金を行うことを指す。気候変動対策の度合いの大小によって国際競争力に影響が出ないよう、貿易条件を均等化する目的から実施される。

意味合いは少し異なるが、自国の産業を守るために輸入時にかける関税と「国境炭素調整」は近い印象だ

出典:経済産業省『第1回 世界全体でのカーボンニュートラル実現のための経済的手法等のあり方に関する研究会―資料2(日本エネルギー経済研究所説明資料)』より引用

「自国内で排出量取引を行っていれば対象とならない制度なので、パリ協定以降、CO2の排出量削減に取り組んできたインドネシアやベトナム、タイ、フィリピンといった東南アジアの国々でも、急速に排出量取引の導入や環境税の課税などが具体的に検討されています」

さらに、元々日本より排出量取引の導入が進んでいた中国、韓国にも動きがあるようだ。

「中国では2021年に電力部門での排出量取引をついに全国に拡大し、EU-ETSを超える世界最大のマーケットが生まれました。韓国でも製造業部門で全国的に排出量取引を始めていましたが、別の部門にも広げようという動きがあります」

このように、世界各国では既に排出量取引を具体的に導入、あるいは導入に向けた活発な動きが、日本以上のスピードで進められている。ただ、当然課題もある。

「共通して挙げられるのは、排出枠の配分方法です。全体の削減目標から電力や製造、鉄鋼、運輸といった部門ごとに排出枠を配分するのは、実は技術的にすごく難しい。事業者の理解を得られるように、公平配分しなければなりませんから。さらに、技術的にCO2の排出量を削減しやすい部門と、まだ削減技術が確立されていない部門があるので、一気にさまざまな業界を対象にしてしまうと、ややこしくなってしまうんです」

このような理由で、現在世界最大の市場となっている中国でも、まだ電力部門でしか全国的には導入できていないのだという。さらに、クレジットの規格の問題もある。

「それぞれの国や地域、各国の実情に合った削減目標を立て、独自のクレジットでの取引を始めたため、国や地域でクレジットが乱立しているのが現状です。市場をリンクさせれば、米国・カリフォルニア州とカナダ・ケベック州で行われているように、国境を超えたクレジット取引ができるようにはなるのですが…」

今後さらに広まっていくためには、クレジットの国際的な標準規格のようなものも求められてくるかもしれない。

日本は世界に追いつき、追い越せるのか

一方、日本での排出量取引だが、前述のように経済産業省が産・学と連携して排出量取引市場を設置しようという動きがある。それが「GXリーグ」だ。

GXリーグは、「2050年カーボンニュートラルを経済成長の機会と捉え、GX(グリーントランスフォーメーション)を行い、現在および未来社会における持続的な成長実現を目指す企業が同様の取り組みを行う企業群や官・学と共に協働する場」のように定義されている。企業が一体となり、官・学とも共同して経済成長と環境保護の両立を目指す巨大コミュニティである。

企業の意識・行動が変わることで消費者も変わり、それがさらに企業の意識・行動変容につながる「循環構造」によって、企業の成長や消費者の生活の質の向上、地球環境への貢献を同時に実現することが「GXリーグ」の目指す世界観だ

出典:経済産業省 産業技術環境局 環境経済室『GXリーグ基本構想』(2022 年2月)

2022年2~3月には賛同企業の募集が行われ440社が集まった。2023年度からの本格稼働を目指し、まずは自主的な排出量取引などから市場のルール作りに取り組んでいくという。

「それと同時に、国内で統一的なクレジットを作ろうという動きも進んでいます」

EUや中国、韓国と比べると少し出遅れた感のある日本だが、「後発だからこそ、先行する世界を参考に、よりよい市場を形成していける可能性がある」と、有村教授は続ける。ただ、日本特有の課題も残る。特に鉄鋼業だ。

国内で排出されるCO2の約1割が鉄鋼業由来とされているが、現在のところ大幅に排出削減できる技術のめどが立っていない。つまり、現状のままでは、排出量の取引市場で売り手になれない可能性が高い。さまざまな業界に対し、公平に排出枠を振り分けていくのは日本では特に難しいのだ。

有村教授はこの問題について、「まずは鉄鋼業を除外して始めてしまうというのも一つの手です」と指摘している。

鉄鋼業は製造過程で脱炭素化のハードルが高い

GXリーグのコンセプトに、「リーダーシップ」というものがある。排出量取引について、現時点で日本が世界各国から後れを取っているのは事実だろう。しかし、世界を見渡してもまだまだ発展途上の制度、市場のようにも見える。

その指針に従い、排出枠の算出や統一クレジットの形成手法など、世界に対して新しい市場形成の方法論を提案できれば、追いつき追い越せと巻き返していくことも十分できるはずだ。

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